白い指先が、ボクの右手の人差し指と、緑色の生徒手帳の上で重なり合おうとした瞬間、 突然、背中を激しい衝撃が貫く。後ろから打ち込まれたその灼熱のクサビは胸の内側に留まりながら、肺のあたりを焦がすようにして、ずっと不快な熱を放出し続けている。
ボクは「 ガクッ」と床に両膝をつきながら、右手で胸を押さえうずくまる。一気に鼓動が高鳴り、呼吸をするのも辛くなった。白い指先の持ち主は、ボクの左脇にしゃがみ込みながら不安げに横顔を見つめ、やがて小さく声を発した。
「どうしたの? シーナ君、大丈夫なの?」
その、霧島ヒロミの細長い指先が、ボクの左肩に触れようとしたとき、「グォーン」っと激しい衝撃が音を立て、背中のさっきと同じ場所へとふたたび突き刺さった。
あまりの激痛に呼吸が早まり意識を失いそうになりながらも、ボクは霞んだ視界の先に、ヒロミの大きく艶やかな瞳の奥にある暗闇の色を見つめた。一滴の雫が、気の遠くなるほど長い歳月をかけて無限に落下し続けることでしか生み出されない鍾乳石――
そんな無常色の儚(はかな)さにも似た絶望的な憂いが、そこには朦々(もうもう)として漂っている。
あの戦場で『声の男』がボクにいっていた。
【もしお前が、いつかロミイの生まれ変わりに出会ったとすれば、きっとお前自身になんらかの『防御本能』が働く。お前自身が持っている感覚の、どこかの部分がきっと彼女の存在に気付くはずだ。いずれにせよ、この世界のロミイは16歳の誕生日を迎える直前に死んだ。従ってお前の世界でも彼女は同じ日に命を絶とうとするだろう。それまでに、その子自身、『自分がロミイだった』ということを、みずから思い出さなければならない……】
【カミュ――カミュ――】
朝倉トモミが後ろからボクの背中を抱きかかえるようにして名前を何度も叫んでいる。それとは別に、隣のクラスの誰かが、その大きな瞳の少女の名前をずっと呼び続けていた。
【ロミイ――ロミイ――】
やがてその声は、鮮明な音となって廊下に響き渡る。
「ヒロミィ! 大丈夫? ヒロミ!」
激しい胸の痛みにどうにか耐えながら彼女を見つめ続けるボクの両目からは、どういうわけか止め処なく涙が溢れていたんだ。――あのとき、ボクの目の前で崖から飛び降りてしまったロミイと、時空を超えて、こうしてふたたび出会えたことに対する素直な喜びが、きっと心の奥のほうから「フツフツ」湧き上がってきているのかもしれない。
その涙とともに零(こぼ)れ落ちていったのだろうか?
ずっと胸のあたりに留まり続けていた激痛は、やがて不思議なほどに和らいでいき、そしてウソのように消滅した。ボクはトモミに支えられ、どうにか起き上がると、茫然(ぼうぜん)としたままで立ち尽くす霧島ヒロミを見上げるようにしながら微笑みかけた。
(久しぶりだね――ロミイ……)
【ALOHA STAR MUSIC DIARY】 Epi - 101 " Scene : Toa " より "
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