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未来に残したい洋楽&邦楽の名曲

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残暑 - 松任谷由実 【バラードの名曲】

【邦楽バラードの名曲】


残暑







この街の南側一帯の地名には『海』に由来する名称が多い。
だが、「海岸」という町名がつくエリアは「東海岸」と「中海岸」の2つしかない。
それらは、駅と海のちょうど中間あたりを東西に横断している大通りを挟み、
駅寄りのエリアを「海岸北」、そして海岸に近いほうを「海岸南」と称し区分されている。

ボクの実家は「東海岸北」にある。
海辺に近い「東海岸南」には、県外からの移住者も多く、
最近、わりとモダンな新築住宅が増えたように思う。

それに比べれば、その北側の住宅街に建ち並ぶ家々は、
古民家、とまではいかなくても、古風な佇まいの純和風家屋が多い。
その庭先を満たす木々もきれいに剪定(せんてい)されており、
家主のこだわりが、見事にその「表情」となって現れている。


ボクが住む実家の敷地には2軒の家が南向きに並ぶ。
隣には親父の兄、つまりは伯父の家族が住んでいる。

このエリアにしては、かなり広大な100坪超えの敷地内の中央には、
刈り揃えられた高麗芝が敷き詰められ、植木職人によって植樹された、
屋根より遥かに背の高い数本の松の木をはじめとする大小の樹木が、
いくつかの植樹帯をブロック状に形成し、その芝生の広場を取り囲んでいる。

その植樹帯の外側を沿うようにして門から主屋までの経路上に並べられた踏み石、
また、ひとつづつのバランスが考慮され、木々の余白を埋めるように
厭味なく配置された庭石や景石などが醸し出す風景は、
さながら小さな日本庭園を思わせた。

特に実感などはなかったが、
住宅街の路地に面した広い黒塗装の鉄門の外からこの庭園を眺めたとすれば、
それなりに裕福な暮らしをしているようにも思われるのかもしれない。


この敷地を南側で閉ざす左右2対の折戸からなる鉄製の門扉は、
中央で接している右側の鉄門に溶接された長い円柱状の取っ手を、
左側3箇所の「かすがい」の穴にスライドさせて通す
いわゆる「かんぬき」状の施錠方式である。

車の出し入れの際は、その左右の折り戸を、
それぞれ「くの字」に折りたたみながら大きく開閉させた。

ただ、いかんせん老朽化は否めず、人が出入りする際、
「かすがい」の穴へ円柱状の取っ手を横方向にスライドさせるたびに、
そこがこすれ、まるで悲鳴のような甲高い金属音が鳴り響いた。


「夜中に泥棒が入って来れないように音を鳴らしてるんだ」
小学校の頃、酔った親父はそういって自慢げに笑った。

泥棒はどうだか知らないが、
この街に東京からの下り最終列車が到着するのが午前1時少し前。
それから暫くして、鉄製の門扉がこすれ合う、
その甲高い金属音をベッドのなかで聞くたびに、
親父がちゃんと無事に帰って来れたことにホッとしていた。


中学生になってしまうと、親父が深夜に鳴らすその音を聞いても、
あの頃のように安堵することもなくなっていった。


なにか決定的な理由や原因があったわけではない。
けれど、中学1年の終わり頃になると、
急に、親父のことを、どう呼んでいいのかわからなくなってしまったんだ。

誰かに聞いたことがある――
「男親とは、ある年齢になると話せなくなっていくものなのだ」と。


今になってみれば、なんとなく分かる。
きっとボクらは14歳前後で「大人」へと変化するのだ。

だから、それまで子供として接してきた親たちに対して、
従来通り接することが出来なくなる。

それに一番近い感情は、もしかしたら「気恥ずかしさ」なのかもしれない。
子供時代、無邪気に両親へ甘えていた自分に、
親父のことを「パパ」とか呼んでいたことに、
なんとなく、そんな恥ずかしさを感じてしまったように思う。


結局、ボクは高校を卒業するまで、
ほとんど親父とは話さなくなっていった。

そんな彼との関係が修復されたのは、
ボクが第一志望の大学に合格できなかった日だ。

都内まで合格発表を見に行ったその帰り、
ボクは女子高生たちに囲まれた列車の車内で泣きそうになっていた。
その感傷的な感情は、きっと自分自身に向けられたものではなかった。

親に対して、特に親父に対して「申し訳ない」
という思いからくる自分自身への不甲斐なさ。
なんとなくそういうものだったんだろうと思う。

電車に乗る前、家に結果を知らせる電話を入れると母はいった。
「先に駅でお父さんが待ってるから」って。
ボクは正直、誰にも会いたくなかった。
けれども、そのときボクが一番会いたくなかったのは、
やはり親父とだったんだろうと思う。


地元の駅で降りると、親父は駅前で待っていた。
ボクらは何も云わず、少し高級そうな焼き鳥屋へと入る。

親父は、ボクの目の前に置かれたグラスにビールを注ぐと、
少し笑いながらいったんだ。

「まぁ、残念だったな」

その瞬間、ボクは急に涙が止まらなくなってしまった。
それまで人前で泣いたという記憶などは、
少なくとも小学生以降ほとんどない……


それが「きっかっけ」だったのかは定かではないが、
ボクが都内の学校へ通い始めてからは、帰りに親父と待ち合わせて、
向こうで飲んでから一緒に地元へ帰ってくることも増えていった――


そんな親父も、今では週3回の人工透析を受け、
あの頃、毎晩のように飲んでいたアルコールも、ほとんど口にしなくなっている。
いや、出来なくなったというべきなのだろう。

たまにボクがお盆や正月に実家へ帰ると、
「歩いていくからいい」と断っても、わざわざ駅まで車で迎えに来てくれていたが、
その運転も、最近はもう、当時のようにスムーズではなくなってきている……


先週末、ボクは母親からの電話を受け、久しぶりに実家へと帰った。
どうやら親父の様態が、あまり芳しくないのだという。

肺に水がたまり、ノドが腫れ、食事もままならない状態らしい。
親父は数年前にも心臓を手術しており、そのことが原因のひとつかもしれない。
と、母はいった。

僅か2週間で体重が一気に10キロ落ちたのだという親父の姿は、
見た目には、さほど変わっていないように思えた。

夕食時、自分が飲めないせいか、親父はやたらとボクに酒を飲ませたがった。
でも自らの、か細い食事を終えると、「久しぶりにお父さんも飲むかな」
といい、ニッカのウイスキーで薄い水割りを一杯だけ作った。

「お前も、そろそろタバコを止めろよ」
ここ数年、毎回実家へ帰るたびに聞かされていた同じ台詞を、
親父は、また何度も繰り返していた――



日曜の朝。
20歳過ぎまで使っていた2階の部屋で、親父から借りたノートパソコンを開く。
この部屋は、外側に面している南、東、そして北側の全てがガラス窓で囲われており、
大抵の場合、東からの陽射しの眩しさに目覚める。

ボクは、南側に大きく開放された窓から吹き抜けてゆく
湘南の風のなかに懐かしさを感じていた。
窓から見えるベランダの向こう側では、名も知れぬ高木たちがその風に枝葉を揺らす。

近いうち、ボクはこの家を継がなければならないだろう。
それは、なんとなく昨夜の親父の雰囲気を見ていてわかったことだ――


高校生の頃、買ったラジカセのスイッチを入れる。
まだ、ちゃんと音は出るようだ。

そして、当時持っていたカセットテープがしまわれている引き出しを開ける。
相当数のカセットカバーの背表紙がびっしり並ぶその右端のほうに、
松任谷由実の名前が書かれた数本のカセットを見つける。
ボクが自分で買ったのは、1981年にリリースされた12thアルバム
『昨晩お会いしましょう』だけだ。

それ以外の数枚分のカセットは、
大学のとき付き合っていた彼女から渡されたものだ。

ボクはなんとなくそのなかから『天国のドア』を取り出すと、
デッキにセットし、そのまま再生ボタンを押す。
8曲目の「残暑」が途中から流れてきた。

(このカセットテープを最後に聴いたのって、いったいいつ頃だったろうか?)

少なくとも20年以上の歳月を経て、ふたたびこの曲が、
今こうして再生されたことだけは確かだ。
この曲のノスタルジックで透明感のあるメロディラインは、
すごく美しいと素直に思った。


初夏の陽射しは、ベランダからはみ出した常緑樹の枝葉の表面に輝きをもたらし、
光沢ある夏色で染めあげている。南の窓から吹き込む風は、
どこまでも涼やかなままに、小さな北側の窓のほうへと吸い寄せられながら、
この部屋のなかを通過してゆく。

ボクは、床の上に寝そべり天井を見上げる。
中学生の頃からなんら変わらない、その白い天井ボードで、
風に吹き上がるカーテンの隙間から紛れ込む太陽の光が、
ときおり流線型の模様を描きだしながら揺らめき、遊び続ける。


ボクは、当時粋がって親父を無視しようとしていた自分を懐かしみ、少しだけ笑う。
そして昨夜、弱々しい声で楽しそうに話していた親父の姿を思い出し、
少しだけ、やるせない気持ちになったんだ。




残暑 - 松任谷由実 
22thアルバム『天国のドア』 1990年



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[ 2013/06/11 07:52 ] コラム | TB(0) | CM(0)
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