【Re-Edit】【80年代洋楽バラードの名曲】
Somewhere Out There1984年2月4日(土)
土曜日の夜、すでに9時半近かったろうか。――
ピザ屋を出た瞬間、すぐに凍った北風が纏(まつ)わりついて、まるで砕けたガラスの破片みたいに冷々とした痛みを指先の爪のあたりに思い出させた。小さな掌で口元を覆(おお)い、そのなかに「ハーッ」と、白い息をほんわり浮かばす倉田ユカリの車椅子を押しながら、ボクは駅へと向かう。大気を漂う微(わず)かな湿り気さえも、すべて夜風に凍らされ、そのシャーベット状の微粒子が街明かりに「キラキラ」輝く真冬のこの街の気配そのものがなんだかやけに眩しかった。
ユカリはその胸のなかに、ボクの学生カバンと、さっきユカリとメイからもらった誕生日プレゼントの入った紙袋を抱きかかえながらうしろを振り返る。
「なんだか、すごく空気が澄んでますね」
ユカリにそういわれ、ボクは光瞬く夜空を見上げた。
(もう15歳になっちまったんだな)
なんとなく、さっきまでボクらがいた、――ちょうど1年前の今日、川澄マレンとともに過ごしたピザ屋のウィンドウからこぼれる暖かな明かりを見つめた。すこし感傷的にもなったけど、「ガヤガヤ」と、ざわめく酔っ払いたちの喧騒が賑やか過ぎて、そんな気持ちなどずぐにどこかへ消え去ってしまった。――
「これ、メイと私からなんですけど、シーナ君へのお誕生日プレゼントです」
ソファに隠してあった白い紙袋を差し出すと、ユカリは「ニッコリ」笑ってそういった。
「えぇっ! マジで」
ペーパーナプキンで口を拭きながらボクは驚き、ユカリと、その隣で微笑むメイを交互に見つめる。
「なんかさぁ、アタシたちが手ぶらっていうのが目立つんだけど」
ボクの隣で竹内カナエがそういうと、細野も少し笑いながら、
「じゃあ僕たちは、この店の分をいくらか多く払おうか」
と、カナエを見つめた。
やがてメイが、その淡いピンク色の唇を静かに開く。
「なにがいいか、ユカと結構悩んだんだけど、――シーナ君がね、普段しているのが少しだけ切れてたみたいだから」
ボクは、紙袋からプレゼントの中身を取り出してみる。包装紙をひざの上で広げると、そこには「レヴィース(LEVY'S)」というブランドの黒い革製ギターストラップが入っていた。
「うわぁ、スゲエかっこいい!」
おもわずボクは目を輝かせ、歓喜の声をあげた。丸め込まれた、その丁寧かつ重厚な仕上がりの黒いストラップをひざの上でまっすぐに伸ばしていく。そして笑いながらいった。
「たしかにいま使ってるのはさぁ、去年、音楽部の棚で拾ったヤツだしね」
レモンティーを一口飲んでから、メイがつぶやく。
「お店の人に訊いたらね、なんか有名なギタリストが愛用してるっていうからね」
オレンジジュースが半分入ったグラスのなかでストローを「くるくる」まわし、ユカリが言葉を繋いだ。
「それに、なんかシンプルでカッコよかったからね。シーナ君に似合うかな、と思って」
ボクの隣で竹内カナエが目を細めた。
「あぁ、レヴィースね」
「レヴィース?」
ストローを止めて、ユカリはそう繰り返す。
「あぁ、レザー製のギターストラップではすごい有名なブランドなんだよ。コレ、かなり高かったでしょ?」
そういうとボクはまた、手にした黒いストラップを眺めた。そのとき、長さ調節用のホール部分に、赤っぽいお守りみたいなものが紐で巻きつけられ、ぶら下がっていることに気づく。ボクがそれをつまみあげると、メイが、「フフッ」と笑ってユカリを見つめた。
「それは、ユカが冬休みから一生懸命手編みでね、作っていたものなのよ」
赤い布地には楕円形の黄色い波型のフレームが縫い込まれ、その上には、サーフボードに乗ってるようなローマ字のフォントが刺繍されていた。
(ALOHA STAR、――)
ユカリが少し恥ずかしそうに口を開く。
「ホントはね、クリスマスのライブまでに間に合わせたかったんですけど、――あっ、でも今回は、ちゃんとカナエさんの分とかも作りましたからね。アロハのみんなに、卒業ライブでつけてもらえるように」
横からカナエはボクのストラップについているそのお守りを見つめ、嬉しそうに笑った。
「えぇっ、本当に! じゃぁ、アタシもストラトにぶら下げようかな」
「いいよ! すごくイカしてるじゃん。これってさぁ、倉田さんがデザインしたの?」
正直、ユカリにこれほどのデザインセンスがあるなんて思ってなかったんで、ボクは本気で感心しながらそういった。照れるユカリはつぶやく。
「私ね、将来、パッケージとかのデザイナーになりたいなって、最近思うんです。それならば、別に車椅子でも毎日、仕事できるじゃないですか」
ユカリを優しく横目で見つめてメイがささやく。
「むかしからユカは手先が器用だったし、絵を書くことも好きだったものね、――すごく素敵な職業だとワタシは思う。――」
【ALOHA STAR MUSIC DIARY / Extra Edition】
【2012.03.21 記事原文】
1986年、ジェームス・イングラム&リンダ・ロンシュタットという
実に意外なカップがデュエットし大ヒットとなった
「somewhere out there」をチョイス♪
映画『アメリカ物語』の主題歌です。
※この映画、日本でやってない気がするが。。。Somewhere Out There - ジェームス・イングラム&リンダ・ロンシュタット
オリジナルサウンドトラック『アメリカ物語』 1986年
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