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未来に残したい洋楽&邦楽の名曲

70~80年代の洋楽&邦楽を中心に未来に残したい名曲&名盤を独自にチョイスするBlogです☆
未来に残したい洋楽&邦楽の名曲 TOP > 2013年01月
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I Write The Songs - Barry Manilow 【70年代バラード】

【70年代洋楽バラードの名曲】


I Write The Songs





I selected "I Write The Songs "
from 3rd album "Tryin' to Get the Feeling"
of Barry Manilow released in 1975.



1976年の洋楽ヒットチャートから


ボク個人的に・・・
バリー・マニロウ氏のサウンドに
ググっと惹かれることは全くないのですが・・・

少なくともビルボードのアダルトコンテンポラリーチャートにおいては
デビュー以降1位の獲得率が非常に高いということからも
彼はAC系の優れたアーティストだということにはなるんでしょうね。。。

1974年のデビューシングル「Mandy(哀しみのマンディ)」が
いきなり全米No.1ヒットとなりますが・・・
でも面白いのは この曲が収録されたアルバムはデビューアルバムじゃなくって
2ndアルバム『Barry Manilow II』だったんですね。。。


どうやら1973年にベル・レコードから1stアルバム『Barry Manilow』
をリリースするんですけど 作品自体はイマイチ ヒットしなかったようです。

その翌年 社名をアリスタ・レコードと変更してからリリースされた
「Mandy(哀しみのマンディ)」収録の2ndアルバム『Barry Manilow II』は
アルバムチャートで見事ベスト10入り(最高9位)を果たします。


そのスマッシュヒットに便乗するかたちで 会社の意向によって
1stアルバム『Barry Manilow』が再リリースされたものだから
この1stからシングルカットされたナンバー「Could It Be Magic」は
実際 2ndアルバム『Barry Manilow II』リリース後の1975年に
発表されるという 云わば入れ替わり現象が起こる訳でして。。。


だから 何とな~くホントは1stアルバムなのに2ndっぽい印象を与えてる!
ということのようなのです。

ややこし過ぎてボクもよく分からないんですが・・・
まぁ。かなり粗~くWikiを直訳をすれば・・・そんな感じみたいですわねぇ。


さらにWikiを読むと 全米No.1大ヒットの「Mandy(哀しみのマンディ)」の作者が
バリー氏本人ではなかったために 彼的にはこの曲を歌うことに対して
かなり抵抗があったがようなんですけどね・・・

そんな彼が1975年にリリースし 再びビルボードのシングルチャートで
No.1に輝いたのが「I Write the Songs」☆

でも。。。このバラードソングも彼のライティング作品ではなくって
ザ・ビーチ・ボーイズのブルース・ジョンストン氏が書いてるようです。。。

ん?なんか矛盾してねぇか???
と思い よくよく彼の作品のクレジットを見てみると。。。
結構な頻度で彼以外の方々がライティングしておるようです。

なんじゃい?彼はどっちかといえばプロデューサーなのかい???
まぁ。別にさほど彼には興味ありませんのでどっちでも良いことなんですけどね☆
ちょっと意外でした・・・




I Write the Songs - Ultimate ManilowI Write The Songs - バリー・マニロウ
3rdアルバム『Tryin' to Get the Feeling』 1975年

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All By Myself - Eric Carmen 【70年代バラード】

【70年代洋楽バラードの名曲】


All By Myself





I selected "All By Myself"
from 1st album "Eric Carmen"
of Eric Carmen released in 1975.



1976年の洋楽ヒットチャートから


70年代初期にデビューしたポップロック系バンドのラズベリーズでは
フロントマンとして活躍したエリック・カルメン氏☆

そんな彼が1975年にリリースし ビルボードのシングルチャートで
最高2位を獲得した壮大なバラードナンバーが
ご存知「All By Myself」で御座います♪

アルバムVer.の尺にしてなんと7分超えの大作なんですけど・・・
まぁピアノソロの間奏パートが異様に長いっつうだけの事ですわいな。

このナンバーは本当に多くのアーティストにカヴァーされとります。

でも。。。
確かにどこかアンニュイでノスタルジックなフィーリングを漂わす
クラシカルなサウンドアレンジに思わず和みますわいねぇ☆


ラズベリーズ時代は当初 ハードめなサウンドを押し出してましたが
基本的にエリック・カルメン氏の書くメロディには キャッチーだけど
何となくセンチメンタルなエッセンスがブレンドされてるように感じますね♪




All By Myself - Eric CarmenAll By Myself - エリック・カルメン
1stアルバム『Eric Carmen』 1975年

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【Re-Edit】 Do You Know Where You're Going To - Diana Ross 【70年代バラード】

【Re-Edit】【70年代洋楽バラードの名曲】


Theme from Mahogany (Do You Know Where You're Going To)





I selected "Theme From Mahogany (Do You Know Where You're Going To)"
from album "Diana Ross" of Diana Ross released in 1976.



1976年の洋楽ヒットチャートから


さて。
1975年公開の映画『マホガニー物語』の主演に抜擢されたダイアナ・ロスさん☆

内容をWikiる限りでは・・・

ダイアナ・ロス主演による異色ロマンスで、シカゴとローマを舞台に
無名デザイナーからカリスマモデルへと転身した
一人の女性の生き様を描いたサクセスストーリーである。


との事です☆

その映画の主題歌として1975年にリリースされた
「Theme from Mahogany (Do You Know Where You're Going To)」は
ビルボードのシングルチャートでNo.1ヒットとなります☆

この曲は ダイアナ・ロスさんやホイッてきたプロデューサー・コンビ!
マイケル・マッサー氏&ジェリー・ゴフィン氏ライティングしたナンバーです☆

このコンビが ピーボ・ブライソン氏&ロバータ・フラック女史がデュエットした
1983年リリースの珠玉のラブバラード「Tonight, I Celebrate My Love
も書いていたんですねぇ♪

いやいやぁ・・・なかなかにセンスが宜しいことで☆


で。
ダイアナ・ロスさんなんですけどね。。。
リリースアルバムのタイトルを見る限り
同じようなネーミングがやたらと多いですね。。。

1970 『Diana Ross』
1973 『Diana & Marvin (with Marvin Gaye)』
1976 『Diana Ross』
1978 『Ross』
1980 『diana』
1983 『Ross』

う~ん・・・もうちょいヒネれたろうになぁ。。。




【2012.05.25 原文】

『マホガニー物語』という映画は知りません・・・
何でもダイアナ・ロスさんが主演してたとか。。。う~・・・

そんな映画『マホガニー物語』の主題歌として大ヒットしたバラードナンバー
「Theme from Mahogany (Do You Know Where You're Going To)」
をチョイスっす♪※長いタイトルは面倒っすね。。。


ボクら世代にとっては、ネスレのCMの影響が強い一曲☆
どうしても最後が「ネスカフェ~♪」になっちゃう・・・

つうか、今考えてもネスレCMの影響って相当なもんだった気がする。






Theme From Mahogany (Do You Know Where You're Going To) - Diana RossTheme from Mahogany (Do You Know Where You're Going To)
ダイアナ・ロス
アルバム『Diana Ross』 1976年



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Boogie Fever - The Sylvers 【70年代ダンス】

【70年代洋楽ダンスの名曲】


Boogie Fever






I selected "Boogie Fever"
from 1st album "Showcase"
of The Sylvers released in 1975.



1976年の洋楽ヒットチャートから


PVを観て あまりのカッコ良さに思わず感動いたしました☆
これぞアフロ!ってなヘアスタイルにマジで惹かれます☆

上は20代半ばから下は10代半ばまでの
男子5名 + 女子4名のシルバーズ兄弟&姉妹による
黒人系ソウル&ファンクグループのシルバーズ☆

1971年デビューの彼らですが 数年は泣かず飛ばず・・・

そんな彼らが1976年にリリースしたアッパー系ディスコチューン
「Boogie Fever」が いきなりビルボードのシングルチャートで
No.1ヒットを記録いたします☆


さて。この曲のPVにおけるイントロ部分で踊ってる
ジャイブっぽいステップはすんごくイカしてますね☆




Boogie Fever - シルバーズ
1stアルバム『Showcase』 1975年

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Fly Robin Fly - Silver Convention 【70年代ダンス】

【70年代洋楽ダンスの名曲】


Fly Robin Fly





I selected "Fly Robin Fly"
from Best album "Very Best of" of Silver Convention.



1976年の洋楽ヒットチャートから


ボクらが子供の頃って・・・
ドイツといえば「西ドイツ」のことを指しておりましたね☆

ドイツは今やユーロ圏を一手に支える経済大国で御座いますけど
東西ドイツを分断していた「ベルリンの壁」が崩壊したのって
つい最近の?1989年だったんですね・・・

そんな旧西ドイツのディスコ系サウンドユニットが
ハンガリー出身のシルヴェスター・リーヴァイ氏とミヒャエル・クンツェ氏
からなるシルバー・コンベンションです☆


彼らが女性のセッションヴォーカルをFeatし1975年にリリースした
「Fly, Robin, Fly」はビルボードのシングルチャートでNo.1を獲得!
さらに同年のグラミー賞でも「最優秀R&B・インストゥルメンタル・パフォーマンス賞」
を受賞いたしました☆

超シンプルなリズム&ベースに女性コーラスとストリングスがシックに重なる
ある意味でストイックなまでにシェイプされた
まさに近代ダンスサウンドの原点とでもいえるナンバー♪


しかし・・・この曲が売れた理由って。。。
多分この当時(現在も?)相当にアヴァンギャルドだってであろう
超Sexyなジャケットの影響も存分に受けているものと思われます☆

これです☆





Fly Robin Fly - Fly Robin FlyFly Robin Fly - シルバー・コンベンション
ベスト盤『Very Best of』

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Evil Woman - Electric Light Orchestra 【70年代ポップス】

【70年代洋楽ポップスの名曲】


Evil Woman





I selected "Evil Woman"
from 5th album "Face the Music"
of Electric Light Orchestra released in 1975.



1976年の洋楽ヒットチャートから


UK出身のエレクトリック・ライト・オーケストラ(ELO)といえば
ご存知1980年公開のオリビア・ニュートン・ジョンさん主演映画『Xanadu(ザナドゥ)』
のサントラを手掛けたことでも有名なんですわね☆

そんな彼らが1975年にリリースし ビルボードのシングルチャートで
最高10位を獲得した「Evil Woman」をチョイス♪

バンドサウンドにストリングス&シンセサイザーをミックスするという
実にコンテンポラリーなポップカラーの強いナンバーでごわす☆

70年代中期から一気に大ブレイクする彼らなんですけど
ボク的には 彼らの代表作といわれている1977年リリースの7thアルバム
『Out of the Blue』よりも この「Evil Woman」が収録された
5thアルバム『Face the Music』のほうが楽曲的には好きです☆
※まぁかれらがプラチナセールスを連発するのはこのアルバム以降からですけんどもね・・・




Evil Woman - Face the Music (Bonus Tracks)Evil Woman - エレクトリック・ライト・オーケストラ
5thアルバム『Face the Music』 1975年

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Getaway - Earth, Wind & Fire 【70年代ファンク】

【70年代洋楽ファンクの名曲】


Getaway





I selected "Getaway"
from 7th album "Spirit"
of Earth, Wind & Fire released in 1976.



1976年の洋楽ヒットチャートから


1975年に公開された映画『暗黒への挑戦』のサントラが大成功し
アルバム『That's The Way Of The World』&カットシングル「Shining Star」が
ともに全米チャートで初にして唯一のNo.1となった
アース・ウィンド・アンド・ファイアー☆

彼らも70's中期以降のディスコムーヴメントを
リードしていくことになるんですけど・・・

他のディスコ系でブレイクしたアーティスト達に比べると
チャートアクション的には 実際それほど売れてはおりません。。。

でも・・・大所帯バンドならではの すんごく均整のとれた重厚なサウンドは
KC&ザ・サンシャイン・バンドと並び 間違いなく70年代を代表する
トップクラスのファンク系グループだったと言えるでしょうね☆


そんな彼らが1976年にリリースした7thアルバム『Spirit』から
ビルボードのシングルチャートで最高12位となった
クラシカルディスコチューンの代表的ナンバー「Getaway」をチョイス♪


この頃のモーリス・ホワイト&フィリップ・ベイリー氏 2トップが織り成す
計算し尽されたハーモニーって やっぱバランス・フィーリングが抜群に秀逸ですね☆

バックトラックを最大限に活かすための" 落としどころ "を双方が
見事にわきまえながら 全く違和感なくサウンドと一体化しておりますなぁ。。。




Getaway - Earth, Wind & Fire: Greatest HitsGetaway - アース・ウィンド・アンド・ファイアー
7thアルバム『Spirit』 1976年

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【Re-Edit】 Love Machine - The Miracles 【70年代ダンス】

【Re-Edit】【70年代洋楽ディスコの名曲】


Love Machine





I selected "Love Machin"
from album "City of Angels"
of The Miracles released in 1975.



1976年の洋楽ヒットチャートから


モータウンといえば・・・やっぱスモーキー・ロビンソン氏☆

60年代初期からフロントマンとして活躍してきた
R&Bグループ ミラクルズを彼は1972年に脱退することになるのですが・・・

その後 ミラクルズは新しいリード・ヴォーカリストとして
無名の新人ビリー・グリフィン氏を起用します☆

そのビリー氏がライティング参加し 1975年にリリースされた
モータウン流ディスコチューンの傑作ともいえる
「Love Machine」が空前の大ヒットとなりますが・・・

しかし この1曲を最後にリアルブレイクしてしまったミラクルズ。。。
結局は1978年に解散してしまった模様ですね;;;



【2012.09.17 原文】

「モータウン・サウンド」と聞けば・・・
何となくどんな音なのか分かってしまいますよねぇ。

言わずもがなUKロックに押されっ放しの60年代アメリカ音楽界において、
次々とブラック・ファンク&ソウル系アーティストを世に送り出し、
70年代アメリカ音楽チャートを支配した一大音楽勢力だった訳です。

さて。。。
スモーキー・ロビンソン氏は、そんなモータウンレコードが契約した
最初のアーティストでありました。彼は作曲家として、
またはモータウンレコードの副社長として大いに手腕を振るい、
わずか10年足らずでモータウンを超巨大レーベルにまで成長させた最大の功労者☆

そんなスモーキー氏が当初率いていたのがミラクルズです☆
1972年にスモーキー氏はミラクルズを離れソロに転向するのですが、
新しいリードヴォーカルを迎えて1975年にリリースされた「Love Machine」は、
大ヒットを記録しました。

70年代中期までのモータウンサウンドは、割とミディアム系の
スイートソウルが主流でしたが、エッジの利いたべースラインに
コーラスワークとブラスが重なるアッパーチューンというスタイルは、
当時のゴーゴークラブ的なダンスフロアの若者達を熱狂させたのですわね。


この曲のヒット以降、アメリカ音楽界は急激にディスコサウンド時代へと
突入していくのであります☆


そんな空前の70年代ディスコブームを作り上げた究極のダンスミュージック!
「Love Machine」をどうぞ♪


余談ですが;;;
モー娘を一躍国民的スーパーアイドルグループに押し上げた
「ラブマシーン」も確かに名曲♪

タイトルからすれば何となく関係ありそうですが、
あちらで使ってるサンプリングはショッキングブルーの「Venus」♪






Love Machine - City of AngelsLove Machine - ミラクルズ
アルバム『City of Angels』 1975年

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You Should Be Dancing - The Bee Gees 【70年代ダンス】

【70年代洋楽ダンスの名曲】


You Should Be Dancing





I selected "You Should Be Dancing"
from album "Children of the World"
of The Bee Gees released in 1976.



1976年の洋楽ヒットチャートから


さて!いよいよ70年代の年間ヒットチャートからの名曲紹介も1976年に突入です☆

まずはこの方々のナンバーからセレクトしましょう♪
ギブ3兄弟によるヴォーカルグループであるビージーズ☆

1975年リリースのアルバム『Main Course』で
ディスコ系サウンドへイメチェンを果たした彼らが
その流れを因襲し1976年に発表したのが『Children of the World』♪

まぁイケイケなナンバーがズラリと並んだ
まさに70's中期におけるダンス系アルバムの最高傑作でしょうねぇ☆


ほんでもってアルバム収録のリードトラック「You Should Be Dancing」は
ビルボードのシングルチャートでNo.1をGetします☆

ラテン系でハイテンションなアレンジのリズムラインと
次世代ツールであるシンセサイザーが程よくブレンドされた
ハイブリッドなダンスサウンドです☆
※無論 この当時は・・・ということですけどね(笑


以前も書いたんですけどね。。。
彼らが本当にやりたい音楽が 果たしてコッチの路線だったかは判りません。
でもまぁ ここまでクオリティの高いサウンドを聴かされたら
ま。どうでもいいか!という気分にはなりますわいな☆




You Should Be Dancing - Number OnesYou Should Be Dancing - ビージーズ
アルバム『Children of the World』 1976年
アルバムお勧め度「持っていても良いでしょう」

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【Re-Edit】 That’s The Way (I Like It) - K.C. & The Sunshine Band 【70年代ダンス】

【Re-Edit】【70年代洋楽ディスコの名曲】


That’s The Way I Like It





I selected "That’s The Way (I Like It)"
from 2nd album "KC and the Sunshine Band"
of K.C. & The Sunshine Band released in 1975.



1975年の洋楽ヒットチャートから


ハリー・ウエイン・ケーシー氏率いるフロリダはマイアミが生んだ
W&B混合ファンク・バンドのK.C.&. ザ・サンシャインバンド☆
比率的には黒人メンバーのほうが圧倒的に多いようですな☆
※ちなみに・・・フロントマンのケーシー氏は白人で御座います。。。


彼らを筆頭に 70年代中期以降は空前のディスコブームを煽りまくる
超絶ダンスナンバーが続々と誕生していくことになるんす☆

流れ的にはモータウン系ソウルがなんとなくマンネリ化してきたせいで
新しいトレンドとして よりグルーヴ感が強調されたダンサンブルな
アッパー系ファンクが好まれはじめたんでしょうかねぇ・・・

そんなアッパー系ファンクチューンの傑作☆

K.C.&. ザ・サンシャインバンドが1975年にリリースし
ビルボードのシングルチャートでNo.1を獲得した
「That's the Way (I Like It) 」をチョイス♪

リズムパーカッションに重なるキレのあるホーンも文句なしなんですけど
何といってもコーラスアレンジがイカしてますわいな☆


いつも思うことなんですが・・・
生の演奏でこのサウンドを作り上げてた時代って
ホントにすごいよなぁ~と関心しますわいね☆


【2012.03.28 原文】

マジで超クールっす!
1975年にリリースされたK.C.&. ザ・サンシャインバンドの
2ndアルバム『KC and the Sunshine Band』 から
超メジャーなディスコサウンドの「That’s The Way (I Like It)」っす♪


過去のディスコソングの中でもNo.1と言っても良いでしょうね。
女性コーラス陣が、楽曲にここまでシンクロしてる歌も珍しい。。。
ホーンもベースもリズムもキレキレですわ☆






That's the Way (I Like It) - KC & The Sunshine BandThat’s The Way (I Like It) - K.C.&. ザ・サンシャインバンド
ベスト盤『The Best of KC & the Sunshine Band』

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【ALOHA STAR MUSIC DIARY No.21】 Special Forces - 38スペシャル

【ALOHA STAR MUSIC DIARY No.21】 Special Forces - 38スペシャル






ボクらが生まれる僅か20数年前まで
この国が戦争をしていたことなんて全く信じられない。

でもウチの親父が生まれたときは まだ戦争の最中だったのである。


「ウチのお爺ちゃんは 戦争のとき外国で死んだ」

子供の頃 終戦記念日になると地元の海岸に親戚たちと出掛け
そして一度も会ったことのないお爺ちゃんの話を良く聞かされていた。

どこの国で死んだのかは 何回聞いても覚えられなかった。
でも 海に捧げられた花束は なかなか沖へとは向かわずに
何度もボクらの足元に戻ってきてたことだけは ぼんやりと覚えている。

ボクらが何気なく過ごしている日常のなかのどこを切り取ってみても
その戦争の痕跡をリアルに見出すことなどは出来ない。

もし教えられなければ きっとこの国に戦争があったことなんて
ボクらはずっと知らないままだったのだろう。

でも間違いなく20数年前までは 平和に見えるこの国でも
命の奪い合いが行われていたのだ。


アブラハム・マズローって人が『自己実現理論』のなかで
誰もが遺伝的に持っている5つの基本的欲求を定義した。


それは 生理的欲求、安全の欲求、所属と愛、承認(尊重)の欲求、
そして自己実現の欲求。なのだという。

でも本当にそれだけなんだろうか。

ボクらが幼い頃に プロレスやボクシングをテレビで観ながら感じていた
あの" 興奮 "っていったい何なのだろう。

残酷な刺激に飢えた暴力的欲求というものは
本当にボクらに存在しないのだろうか。

いや。きっと確かに存在している。
誰にも教わる前に すでにボクらの血の中には・・・




「1年の男子生徒が 転落して大怪我を負ったらしい」

「おそらく彼は自殺しようとしたんじゃないか?」

そんな噂話を休み時間にクラスの誰かがしていた。

" 同級生からのイジメを苦に生徒が自殺する "

こうした事件が起きるたびにニュースなどで
よく耳にする学校関係者の言葉は大抵2つだけ。


「彼らは悪ふざけしているように見えた」

「イジメと自殺との因果関係は認められなかった」


そりゃそうだろう。なぜならばイジメられてるヤツは大抵の場合
いつだって何となく笑っているように見えるからだ。
イジメてる側も大抵は笑いながらその行為を行うものだ。

特に理由などは無い。相手が困ったり傷ついていく姿が
単純に面白いと感じるからイジメているのである。


「悪ふざけ」や「プロレスごっこ」がまるで「イジメ」ではないと
教師たちは言いたいかように聞こえる。

でも「悪ふざけ」というのが「イジメ」行為そのものなのであり
もし ふざけた感情や笑顔が そこに一切皆無だとするならば
それは単なる「集団暴行」だ。


イジメとリンチの違い。
というのが最も分かりやすい気がする。

当然ながら イジメられてるヤツの笑顔は本当の笑顔ではない。
あくまで「これは遊びの延長なんだ」と自らに言い聞かせ
相手との決定的な優劣を作り出さないための意地
もしくは自尊心を守るための最後の抵抗なんだろう。


でも彼らが自ら死を選ぶ最大の原因がイジメだとは思わない。
たぶんそれはきっかけに過ぎない。

未来への不確定な希望よりも 現実における確信的絶望のほうが
圧倒的に上回ったとき 彼らは完全なる現実逃避への道を自ら選択し履行する。

教師たちが何も気付かないことに対して。
もしくは気付いているのに助けてくれないものなのだと悟ったとき
彼らは最後の僅かな希望を失い 絶望感だけがそこには残されるのだろう。


でも教師なんて そういうものなんだと思う。
ボクらが その職種に対して抱くようなほどの 崇高な社会的モラルや
情熱などは最初から持ち合わせてなどはいない。

少なくとも生徒ひとりひとりの命に対する責任までは
はなから請け負っていない。

彼らは単に地方のお役所務めと同じ感覚で安定した
" 公務員もどき "の道を選んだに過ぎない くだらない連中なのだ。



去年 ボクは職員室で担任教師に拳で20発くらい殴られ続けていた。
でも周りにいた教師連中は ほとんど誰もそれを見ていなかった。
きっと目には入っていたんだろう。
でも 鮮血が飛び散ったYシャツ姿のボクのことなど見えていなかった。

彼らは普通に談笑したり 自分の机に向かって事務作業をしていただけだ。

ひとりだけ止めようとしたのか ボクに土下座するように言ってきた。
でも担任から「立ってるほうが殴りやすいですから」と言われたら
黙ってその場を立ち去っていった。
ボクに背を向けたその教師は 2年の学年主任だったのである。


学校の中であれば 当然許されるものだと勝手に思い込んでいる
故意による傷害行為のことをコイツらは罪ではなく" (体)罰 "と呼んでいる。


いまだに他の生徒たちを殴ってる教師は何人もいる。

奴らは生徒を殴ることに快楽を覚えてしまったサディスティックな変質者か
殴ることで自分は「指導してるんだ」という自己満足な妄想に取り憑かれたサイコパスだ。

どんな理由があろうとも 人を拳で平然と殴れるヤツは
暴力に快楽を覚え 自らの理性を制御できない異常者だ。

そんな暴力を日常の風景のなかにすっかり同化させてしまっている
他の教員連中もまた同じくらい異常者たちなのだ。


そんな異常者たちが何人も平然と存在している学校という場所は
復讐心を持てない弱者にとっては一番危険な場所なのである。

当然 ボクが教師たちに対して抱く敵意は日増しに高まってゆく。
少なくとも2年の担任だけは ボクは絶対に許すことはないだろう。



そういえばこの担任教師は ボクらが中学2年になると同時に
他校から転任して来たんだったな。

ギョロっと飛び出した魚のように大きな目、額に何本も刻まれた深いシワ、
色白の肌に青々とした髭剃り跡、そして短く刈上げられた髪の毛。

新しいクラスの担任として初めて教室に入ってきたときから
何だかものすごく薄気味悪かった。

最初はバカ真面目で大人しいヤツかとばかり思っていた。
でも ある日を境に この担任は突然豹変したのだ。



1982年5月

最初はクラスの誰かが 昔の漫画の主人公に似ている担任の
刈上げられた髪型をからかったことがきっかけだった。

教室内には 的を射たその誰かの言葉に
小さな同調の微笑が起こる。

そのときだった。
忘れもしないけど担任は口元に笑みを浮かべたままで
ゆっくりとそいつに近寄っていき ただ一言「お前なぁ」とだけ言った。
いや それを言い終わる前に 何の前触れもなく思い切り彼の顔面を殴り飛ばした。

そもそも ボクらは教師に平手で叩かれたり頭を殴られたことはあっても
素手で顔面を殴られるという経験などはほとんど無い。

担任はずっと口元に笑みを浮かべ続けながら からかった生徒をさらに殴る。
" ゴツッ "と骨が放つ鈍い音と共に 彼はイスから真横に転げ落ちた。

教室内は一瞬にして静まり返った。
誰かが殴られている光景を日常のなかで間近に見ること自体
きっとそれまで一度も経験が無かったからだろう。


「今 笑ったヤツは全員立て」

担任はゆっくり教壇に戻り こちらを振り返るとそう言った。
当然 誰も席から立ち上がることなどは出来ない。

すると窓際のほうの席へと歩き始め一番前に座っていた
男子生徒の脇に立つなり無表情で彼の頭を殴った。


「お前 笑ってただろ。俺は『立て』と言ったんだぞ」

その生徒は青ざめた表情でゆっくりと立ち上がった。
教室内は 痛いくらいに重々しい戦慄の空気で包まれていく。


「本当に他にはいないのか?」

ボクには この殺伐とした空間がものすごく息苦しくなってきた。
同時に何だかすごくバカらしくなってきた。

不思議なんだけど 誰か他の生徒が殴られている姿を見ると
自分も殴られなきゃいけないように思えてしまう。

別にソイツのことを庇う訳じゃないが
ソイツだけ殴られてるのが何となく可哀想に思えるからだ。

ボクは笑いながら立ち上がった。
こうした極度の緊張感に支配された場所にいると
昔からなぜだかいつも笑ってしまうのだ。

その後 5人くらいの男子が重たそうにイスを
ズズズっと後ろに引くような音をさせながら渋々立ち上がった。

担任は さらに窓際のほうの席を後ろへと移動しながら


「お前も笑っただろう。『立て』と言ってるんだよ」

そう言うなり ひとりの女子生徒の頭を思いっきり殴りつけたのだ。
ボクはその光景に思わず目を疑った。
いきなり殴られた女子生徒は震えながら泣き出した。


「立てよ 早く」

この狂った担任は 泣いているその女子生徒を そう脅して無理やり立たせた。
すると数名の女子生徒も 顔色を失いながらも恐怖のあまりうつむき立ち上がる。
ガクガクと足が震えている子もいた。



1983年3月

四方の壁の上には 歴代校長らしき人物の写真が
額縁に収められて規則的に並んでいる。

【 この中で一番古いのは誰なんだろう 】

正門あたりで大きく鳴り始めた救急車のサイレンは
やがて すぐに遠くのほうへと消えていった。

ボクは校長室のソファに座りながら部屋の中を見回していた。

気付くと 生活指導や学年主任の教師連中も
安そうな机を挟んで ボクの前に座っている校長の後ろ側に何人も立っていた。

ひとりの教師が慌てながら部屋の中に入ってきて 校長になにか耳打ちをした。
校長は神妙な顔で何度か頷くと やがてゆっくりとボクのほうを向いた。

ボクも彼の顔を この学校に入ってから初めてちゃんと見ていた。
学校行事で挨拶をしている姿を遠めで見ていたときとはずいぶん印象が違う。
校長の顔は大小のシミや 細かいほくろで埋め尽くされていた。

【 やはりこの人も相当な年齢なんだろうな 】

「とりあえず先生は 今 病院へ向かいました」

校長は穏やかに語り始めた。


「君のしたことは暴力行為です。そのことは判りますね」

ボクは小さく頷いた。

「先生はもしかしたら 大変な怪我をされているかもしれません。
君はそのことを反省していますか?」

ボクは黙っていた。


「でもなぜ 君は先生を殴ったりしたんですか?」

「・・・それは先生が生徒を殴るから・・・です」

「先生が殴る?いつ先生が生徒を殴ったのですか?」


その言葉にボクは少しだけ嘲笑した。


「" いつ " というよりも "いつも" なんですけど」

校長は顔をしかめながら 後ろに並んでる教師たちのほうを振り返った。
教師連中は 校長と目を合わさず 互いに首を傾げるような仕草をしていた。


【 ふざけんな。お前ら職員室でボクが殴られてるのを見てただろうが 】


「いずれにしても 暴力はいけないことです。君は先生に対して謝らなければならない」

「じゃぁ 先生だったら生徒に暴力を振るっても良いんですかね?」

「いえ 暴力を振るってはいけません」

「おかしいでしょ 校長の言ってることは。だったら まずは担任に謝らせろよ!」

「お前 校長先生に対して何ていう口の利き方してるんだ!」

校長の後ろにいた生活指導が怒鳴った。
よくある学園ドラマの台詞のように 本当にそう言った。
ボクは だんだんと湧き上がる感情が抑えきれなくなってきた。

「おかしいだろうが! オレはヤツに50発以上は殴られてんのに
10発くらいしか仕返し出来てないんだからさぁ」


「本当に君はそんなに殴られているのですか?」

校長は深刻な表情でそう言った。

「だったら後ろにいる先生たちに聞いてみてくださいよ。みんな知ってますから」

ボクは学年主任の顔を見ながらそう言った。



この翌日から自宅待機を言い渡され 数日後 正式にボクは" 出席停止処分 "となった。
この中学校でこの処置が取られたのは初めてのことだったようだ。

最近 ほとんどまともに話したことがない親父が相当怒るんだろうと思ってたけど
妙に機嫌よく自分の子供時代の武勇伝を話していたのがちょっと意外だった。



1982年5月

「お前らこっちに来い」

すごく冷静な口調でヤツは指示した。
ボクらは教室の後ろの壁に沿って横一列に並ばされた。

一番右端にいたのは伊浦ナオトだった。
やがて担任は列の右側から順番に生徒の顔面を殴り始める。
ナオトは殴られた衝撃で 後ろの壁に思い切り後頭部をぶつけた。
" メリ "っと木製ボードの壁が軋む音が聞こえた。

担任は何のためらいもなく 続けざまに生徒を殴り続けていく。
そのたびに彼らは後ろの壁にぶつかったり床に崩れたりしていった。

ボクはヤツのことをずっと見ていた。
感傷と歓喜を同時に漂わせたような歪んだ恍惚感が
ギョロっとした魚のように大きな目には宿っていた。

やがてボクの順番になる。
女子生徒たちは ボクの隣でずっと泣き続けている。

ボクは担任の顔を見ながら笑っていた。
こみ上げた怒りみたいな複雑な感情が
なぜだか分からないけどボクをずっと笑顔にさせていた。


「なに笑ってんだ」

「別に・・・」

「なに笑ってるんだよ!お前は」


担任がボクの右頬を拳で殴りつける。
コイツが人を殴り慣れているということは瞬時にして判った。
ボクシングの殴り方ではない。
多分 空手でもやってたんだろう。

同時に" 痛み "とは違う 何か別のもっと冷たい感覚。
一切のためらいもなく その対象物を破壊しようとする
残虐な意志の力のようなものを そのときはっきりと感じた。

でも ボクはまだ笑っていた。
そしてヤツの拳を握りしめたままの
太い前腕に何本も浮き出た血管を見ていた。

その全ての血管を刃で切り裂いてやりたい気分だ。

2発 3発と 間髪を容れず殴り続けてくる。
まるで当たり前のように容赦なく
そしてそれはものすごく機械的な行為だった。
さすがに もう笑えなくなった。

ヤツは ボクの隣にいた女子生徒の前へと移動していく。
静まり返った教室内に響き渡る " バシン "というその高い炸裂音が
きっと頬を平手で叩いているんだということを
後ろを振り返れないクラスの全員に教えていた。

ただ ヤツが女子を拳で殴らなかったことだけがせめてもの救いだ。



暴力的な脅威によって支配された場合
人は大抵2つに分かれるんだと思う。


恐怖のあまり服従する者たち。

そしてもうひとつは

暴力に対して反逆心を生み出す者たち。


全ての人間を暴力で100%支配することなどは到底不可能だ。
腐った大人たちがどれだけボクらを力で服従させようとしても無理だ。
誰にもボクらを支配することなどは出来やしない。

世の中に対して常に持ち続けている理由なき反逆心がバリアとなって
ありとあらゆる外圧から14歳のボクら自身を守り続けている。




1983年5月

ボクの右隣に座っている川上ナオは
3年のこのクラスのなかでは一番背が低いかもしれない。

彼女が会話のなかで時折発する「ほぉほぉ」とか「ほよよ」という
まるでDr.スランプのアラレちゃんのような独特の言い回しが
このクラスの男子生徒にウケている。
というより 割と彼女のことを好きなヤツらも多いようだ。


「あのさぁ カミウ君さぁ " 38スペシャル " って聴いたことある?」

休み時間にナオがボクに話しかけてきた。


「あぁ 去年あたり『Caught Up In You』歌ってたバンドでしょ」

「そうそう!アタシ なんか最近ハマっちゃってるんだよねぇ」

「何で今さら」


ボクはちょっと笑った。


「たまたま こないだお姉ちゃんから借りたのよ。 アタシあまりロック聴かないんだけどね 」

やがて席に戻ってきた竹内カナエも


「え。 何が?」

と会話に顔を出した。


「いやぁ 川上が最近 " 38スペシャル " を気に入ってるんだってさ」

「あぁ いいんじゃない。結構シブいけどね」

「竹内はアルバム聴いたことあるの?」


ボクは尋ねた。


「部活の子から借りたよ。最近は聴いてないけど」

「へぇ そんなにシブいんだ。 でも川上はそんなのにハマってるのか?」

「ほんだからね。アタシは『Caught Up In You』しかいつも聴かないのよ。ほほほ」

「そりゃ別にハマってるとは言わないね。普通は」

「ほら ほんなら聴いてみる? ほい」


ナオはカバンからカセットを取り出し ボクに渡した。


「・・・それにしても読みづらい字だねぇ。」

ボクにはカセットカバーの裏に小さな文字で書かれた
トラックリストが全く読めなかった。


「ほほぉ。でもあんまタイトルはアタシにゃ関係ないからねぇ。」


昼休み ボクはナオに借りた38スペシャルのカセットをウォークマンで聴いてみた。

1曲目のミディアムスローでキャッチーなメロディのソフトロック「Caught Up In You」は
去年ヒットしたナンバーでボクも何度か聴いたことはある。

でも2曲目以降は かなりサザンロックなアレンジの楽曲が並んでいた。
ボクはずっと「Caught Up In You」のイメージしかなかったので少し意外だった。
どちらかといえば この曲のほうが このアルバムの中で浮いてるような気がする。

ボクは全て聴き終えるとヘッドホンを外し
右側の席で雑誌を読んでいたナオに向かって言った。


「すんごくいいと思うよ。でもきっと川上には向いてないんじゃねぇ?」

「ほぇ? 」

「まぁ 確かにシブいロックだわ。 オレも今度借りようかな」

「ほんじゃぁ そのカセットあげるよ」

「マジで? いいの?」

「いいよ。 アタシまた家で録音すればいいから」


川上ナオは 愛嬌のある笑顔でボクにそう言った。
見慣れてくると いつも頬を赤くした彼女のシンプルな顔立ちも
何となく可愛く見えてくる。

それは別にカセットを貰ったからという訳ではないだろう。


「あぁ そういえば・・・」

ナオは 雑誌をパシンと閉じ 何かを思い出したかのようにして
笑いながらボクに尋ねてきた。


「噂で聞いたんだけどね。カミウ君って どうして先生を殴ったの?」

「うーん。 まぁ いろいろ理由はあるんだけどね」


3年になってから この話題に触れてきたのはナオが初めてだった。
でも 彼女の憎めないキャラのせいか ボクも何となく素直に答えていた。



1983年3月

マレンの叫び声が聞こえた気ようながする。
声のほうを振り返ると 真剣な眼差しに涙を湛えている彼女の姿が見えた。

さっきまで ボクの周りには何も音などしなかった。
風景がぼやけて見える まるで真空のガラスの中のような世界にボクはいた。

気付くと伊浦ナオトが左側に立っていた。
そしてマジメそうな男子生徒数名とともに
ボクのことを後ろから羽交い絞めにしていた。

ボクのカラダからは 一気に力が抜けていき
かなり強くボクのことを押さえつけていたナオトたちも
ようやくその手を緩めた。

足元には右耳当たりから血を流した担任が床に倒れている。

【 そういえば コイツのことを殴ったんだっけ 】

ぼやけた記憶には 数分前の断片的な出来事しか残されていなかった・・・



もうすぐ春休みを迎えようとしていた。
間もなく中学2年も終わりを迎える。

「終業式の前に 何かクラスで記念になるようなことをしたい」と
担任が言い出しだことになど 誰も真剣に取り組もうとはしていなかった。

コイツはあれだけ散々 ボクらに暴力を振るっておきながら
最後には" いい担任 "としての余韻に浸りたいだけなんだろう。
そんなのが見え見えだった。

【 記念になるような行事などしなくたって お前のことは一生覚えといてやるよ 】

コイツの気味の悪い顔を忘れることなんてきっと出来やしない。
もし今度 法事とかで緊張し過ぎて笑いそうになったらコイツの顔を思い出せばいい。
きっと笑いを堪えることが出来るような気がする・・・



担任は黒板の前で 明らかにさっきから苛立っていた。
クラスの記念行事に何をするかを生徒に考えてくるよう言ってたのだが
ほとんど誰も具体的な提案を出さないままで かれこれ10分くらいが経過している。


「お前は 何か無いのか?」

そうして指された生徒たちは 一様に「別に」とか「特に無いです」と
同じような発言を繰り返し続けていた。

やがて いつものように担任のリミッターが解除される。


「お前ら ちゃんと考えて来いって言っただろ!」


足早に一番前の男子生徒の席へと向かい


「本当に何もやらなくていいのか?」


と その彼のことを怒鳴り上げた。

担任はいつも必ず見せしめとして誰かを選ぶ。
そいつのことを責めることで 教室内全体を威圧しようとするのだ。


「お前 立て!」

見せしめにされた男子生徒は 仕方なく立ち上がり
殴られることを覚悟した様子だった。


ボクのなかで" 何か "が生まれた。

衝動的にボクが立ち上がろうとしかけた そのとき


「もういい加減にしてください!」

前列で立たされている男子生徒の隣に座っていた女の子が
いきなり机を叩き絶叫したのだ。

普段マジメですごく大人しいこの子とは
ほとんど会話した覚えがなかった。
だからボクは余計に驚いた。


「なんだ?」

担任はその女子生徒を睨みつけた。


「もう こういうことするのやめてください!」

女子生徒は 立ち上がりながら担任にはっきりと強い口調で言い放った。

その直後 担任は彼女の顔を思い切り叩いた。
いつものように ヤツの口元には笑みが少しだけ浮かんでいた気がする。


さっきボクのなかで生まれた" 何か "がそのとき弾けた。
心の中で破裂音が確かに聞こえたような気がする。


机を蹴り倒し ヤツのほうへ向かって駆け出す。
彼女に気をとられていた担任が こっちを振り返ろうとした瞬間
刈上げられて丸出しになっていたヤツの右耳あたりをボクは殴り飛ばしていた。

ちょうどカウンターのようにして入ったパンチに
ヤツはグラつき そして教壇にもたれ掛かりながら倒れた。
ボクの右手首にも そのときの衝撃で鈍い痛みが走った。

そのままヤツの後頭部あたりを上から何度も強く蹴りつけた。
その度に額を教壇に" ゴツゴツ "と打ち付けている。

誰かが ボクを背後から止めに入ってきたが その制止を振りほどき
両手であたまを抱え込み うずくまっている担任を繰り返し蹴り続けていた。


「パル!」

何となく遠くでそう言われたような気がした。

「パル!」

マレンの叫び声をすごく近くで感じた瞬間 ボクは動けなくなった。
他のヤツの声などは全く聞こえなかったけど
マレンの声だけは そのときはっきりと聞こえたのだ。



1983年3月

ボクが学校に行っていない間に さまざまな出来事があったようだ。
PTAの保護者会の席で今回の事件が議題に取り上げられたらしい。

でも どうやらウチのクラスの生徒の母親が
担任教師の日常的な暴力行為を非難したことで
ボクの暴力事件はうやむやにされ
恒常化された教師側の暴力行為のほうが問題視された。

後で知ったのだが ボクがキレるきっかけとなった 最後に担任に叩かれた
ウチのクラスの女子生徒の母親が どうやらPTAの御偉いさんだったみたいだ。

ボクのクラス内ではアンケートが実施され
担任の暴力行為が確実に存在していた事実が明らかとなった。
みんなボクのことを相当に擁護してくれたみたいだった。

反省文を書くことを条件に ボクは数日間の自宅謹慎を終えた。

久しぶりに教室に入ると
クラスのヤツらが笑顔でボクのことを出迎えてくれた。

マレンは普段 学校ではしないのに
このときだけは みんなの前でボクに抱きついてきた。
ボクも彼女の背中を少しだけ抱きしめた。

みんな 暴力から解放されたことを本当に心から喜んでいた。
担任の具合のことなど 誰ひとりとして気にもしていなかった。

結局 どの程度の怪我だったのかは最後までわからないままだ。
でもすでに退院しているというような話は 何となく代理の教師から聞いた。

結局 担任は 表向き" 治療中 " ということで
とうとう終業式まで学校に来ることはなかったからだ。

そして 新学期からヤツがこの学校で学級担任を任されることもなかった。



Special Forces - 38スペシャル




 1 Caught Up in You  
 2 Back Door Stranger  
 3 Back on the Track  
 4 Chain Lightnin'  
 5 Rough-Housin'  
 6 You Keep Runnin' Away  
 7 Breakin' Loose  
 8 Take 'Em Out  
 9 Firestarter  

リリース 1982年6月|レーベル A&M

70年代を代表するアメリカンサザン・ロックバンドのひとつ レーナード・スキナードのロニー・ヴァン・ザント氏の弟であるドニー・ヴァン・ザント氏を中心に結成された38スペシャル☆彼らの最大の特徴はツイン・ドラム&ツイン・ギターという大所帯のバンド編成だったことですね☆基本的にはサザン・ロックのテイスト感を重視しつつもキャッチーでメロディアスな音楽的方向性も持ち合わせていたことがロックファン以外からも支持され 80年代のロックシーンにおいて絶大な人気を誇るバンドとなりました。特に80年代に入ってからリリースされた3枚のアルバムは全てプラチナセールスとなり 中でも1982年の5thアルバム『Special Forces』はファンのあいだでも名盤とされております☆








ALOHA STAR MUSIC DIARY

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【Re-Edit】 Love Takes Time - Mariah Carey 【90年代バラード】

【Re-Edit】【90年代洋楽バラードの名曲】


Love Takes Time






I selected "Love Takes Time"
from 1st album "Mariah Carey"
of Mariah Carey released in 1990.



1990年の洋楽ヒットチャートから


1990年にリリースしたデビューアルバム『Mariah Carey』が
1800万枚という驚異のセールスを記録したマライア・キャリーさん☆

※まぁホイットニー・ヒューストンさんのデビューアルバムが記録した
3200万枚には及びませんけどね・・・


ボクがマライアの曲を初めて聴いたのはアルバムからの2ndカットで
1990年のビルボードのシングルチャートでNo.1を獲得した
バラードナンバー「Love Takes Time」だったと思いますね☆
※つうか彼女はデビューシングルからずっとNo.1をGetし続けますケドも・・・


それまでに名バラードは何曲も聴いてきたハズですが
この曲にはホントに心が震えました。。。
感動に思わず鳥肌が立ちましたですよ・・・

ヘッドホンをしてフルヴォルームでこの曲を聴いたとき
後半のCメロに重なるハイトーンのファルセットにグサっとややれ
あまりの感動に卒倒しそうになっっちゃいまいました・・・

まぁ。いい音楽に カラダが素直に反応を示した。
ということなんでしょうかねぇ。。。


ホイットニーのバラードナンバーは どこか幸せに満ちているけど
マライアのバラードって 何となくセンチメンタルなメロディが多い。

でも「Love Takes Time」は恋に傷ついた心を歌っているようですが
メロディの深遠に そこはかとなくポジティブさを湛えております☆

もしこの歌詞をマイナー系のメロディで歌われたら・・・
きっと演歌の世界になっちゃいます。。。




【2012.03.27 原文】

まぁ、90年代前半の「思い出」という意味では、
回数的には、一番聴いていたアルバムかもしれないマライアのデビューアルバム。


無論、大ヒットしたんで、今更「お勧め」ってのも
どうかと思いますケド。。。


「7オクターブの声域を持つ歌姫」として彗星の如く登場した
マライアの超美しいバラードの名曲「Love Takes Time」をどうぞ♪






Love Takes Time - Mariah CareyLove Takes Time - マライア・ キャリー
1st『Mariah Carey』 1990年
アルバムお勧め度「持っていても良いでしょう」


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Suicide Blonde - INXS 【90年代ロック】

【90年代洋楽ロックの名曲】


Suicide Blonde





I selected "Suicide Blonde"
from 7th album "X"
of INXS released in 1990.



1990年の洋楽ヒットチャートから


オーストラリア出身のロックバンドであるインエクセス☆

彼らが1990年にリリースした7thアルバム『X』から
ビルボードのシングルチャートで最高9位を獲得した
ロックナンバー「Suicide Blonde」をチョイス☆

サウンドのベースは何とな~くオールドテイストのロカビリーっぽくもありますが
フックの効いたエフェクトベース&打ち込みビートに キレまくりな
ファンク系リズムギターが乗っかるやたらとカッコいいナンバーです☆
※特にハーモニカがCoolです♪

このまんまiTuneあたりのCMに使えそうなPVですわね☆




Suicide Blonde - X 2011 (Remastered)Suicide Blonde - インエクセス
7thアルバム『X』 1990年




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Can't Stop - After7 【90年代ポップス】

【90年代洋楽ポップスの名曲】


Can't Stop





I selected "Can't Stop"
from 1st album "After 7"
of After 7 released in 1990.



1990年の洋楽ヒットチャートから


さて。
先ほどのペブルスさんはL.A.リード氏の元妻だった訳ですが・・・

ベイビーフェイスの2人の兄 メルヴィン・エドモンズ&ケヴォン・エドモンズと
ケヴォンのクラスメイトだったL.A.リード氏の従兄キース・ミッチェル
(実際はマーケティング用のジョークだったようです。)の3人組で
1987年に結成したグループがアフター 7☆

ちなみにベイビーフェイスの本名は"ケネス・ブライアン・エドモンズ"との事。。。



彼らが1989年にリリースしたデビューアルバム『After 7』は
当然ながらベイビーフェイス&L.A.リードによってプロデュースされました☆

ちょうど ボビー・ブラウン氏が1988年にリリースした
デビューアルバム『Don't Be Cruel』の大成功によってプロデューサーとしての
知名度を得たばかりのベイビーフェイス&L.A.リード コンビ☆

彼らにとって最もエネルギッシュなライティングスキルみなぎる時期に
手掛けたこともあるんでしょうが アフター 7のアルバム『After 7』は
90年代に音楽シーンを席巻する ニュージャックスィングと都会的な洗練された
アダルトコンテンポラリーのエッセンスが程よく凝縮された1枚となりました♪

では!アルバムから1990年のビルボード シングルチャートで
最高7位を獲得したエレガントでミディアムスローなブラコンナンバー
「Can't Stop」をチョイス♪




Can't Stop - After 7Can't Stop - アフター 7
1stアルバム『After 7』 1990年

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Giving You The Benefit - Pebbles 【90年代ダンス】

【90年代洋楽ダンスの名曲】


Giving You The Benefit





I selected "Giving You The Benefit"
from 2nd album "Always"
of Pebbles released in 1990.



1990年の洋楽ヒットチャートから


ブラックコンテンポラリー系女性SSWであるペブルスさん☆
まぁこれは"ニックネーム"のようですけどね。
本名はペリー・A・リードさんみたいです。。。


ちなみに・・・
彼女は4度も結婚しておるようですけど
2人目の旦那さんがベイビーフェイスと共に90年代の音楽シーンを代表する
売れっ子プロデューサーコンビを組んでいたL.A.リード氏だったんですね☆
※ですんで現在のお名前がペリー・A・リードさんのままかどうかは不明・・・


ペブルスが1990年にリリースし ビルボードのシングルチャートで
最高4位を獲得したダンサンブルなブラコンナンバー「Giving You The Benefit」も
このプロデューサーコンビのライティング作品です☆


さて。。。
ペブルスさん自身も そこそこ成功したアーティストなんですけど
彼女の最大の功績は 自身が経営した音楽プロダクションのオーディションで
後にT.L.Cとなる3人組を発見したことでしょう。

その後 ベイビーフェイス&L.A.リードによって設立されたレーベル
「LaFace Records」から彼女たちをT.L.Cとして売り出し
まさに90年代の洋楽界を代表するスーパーグループにへと育て上げていくのですね☆




Giving You the Benefit - 100 90SGiving You The Benefit - ペブルス
2ndアルバム『Always』 1990年

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【Re-Edit】 I Don't Have The Heart - James Ingram 【90年代バラード】

【Re-Edit】【90年代洋楽バラードの名曲】


I Don't Have The Heart





I selected "I Don't Have The Heart"
from 3rd album "It's Real"
of James Ingram released in 1989.



1990年の洋楽ヒットチャートから


ジャマイカ出身の音楽プロデューサーであるトム・ベル氏☆
ロマンティックなフィリーソウル系バラードのヒットメーカーとして
スピナーズやスタイリスティックスの大ヒットナンバーをライティングしてきた御方☆

ダイアナ・ロス&マーヴィン・ゲイでスタイリスティックスのナンバーをカヴァーした
超名曲「You Are Everything」の作者として有名ですね☆

そんなトム・ベル氏が手掛けたジェームス・イングラム氏
1989年リリースの3rdアルバムからのシングルナンバー☆

1990年のビルボード シングルチャートで
ジェームス・イングラム氏のソロリリース作品では
初となるNo.1へと導いた80'sフィール満載のコンテンポラリーバラード
「I Don't Have The Heart」をチョイス☆




【2012.03.29 原文】

さて、USAフォーアフリカでは、ビッグネームの中に、
プロデューサーであるクインシー・ジョーンスの推薦なのか
どっちかといえばキャリアが足りないジェームス・イングラムが入っている。
※しかもブルッジ部分で2箇所も登場。


そんな彼が久々に放ったヒットナンバー「I Don't Have The Heart」をチョイス♪
お得意のスイートなバラードナンバーです。


ボクは持ってなかったが、3rdアルバム『It's Real』収録。





I Don't Have the Heart - It's RealI Don't Have The Heart - ジェームス・イングラム
3rdアルバム『It's Real』 1989年




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Everybody everybody - Black Box 【90年代ダンス】

【90年代洋楽ダンスの名曲】


Everybody everybody





I selected "Everybody everybody"
from 1st album "Dreamland"
of Black Box released in 1989.



1990年の洋楽ヒットチャートから


まぁ。この当時ディスコに足繁く通ってた貴兄ならば
このアッパーチューンが流れた瞬間のフロアーの盛り上がりは
容易くお判りになることかと存じます☆

イタリアン・ハウス系グループであるブラック・ボックスが
1990年にリリースしビルボードのシングルチャートで最高10位の
スマッシュヒットを記録した「Everybody everybody」☆

元「ウェザーガールズ」の女性ソウル系シンガーの
マーサ ウォッシュさんをFeatした
超ソウルフルなハウスチューンですね☆

でもこのPVの美しき女性リードヴォーカルが あの元ウェザーガールズ???
・・・当然そんな訳ないわいな!

このPVで登場してるのは"Katrin Quinol"というフランスのモデルさんみたいです☆


ちなみに・・・影武者と化したマーサ ウォッシュさんをさらに有名にした
リップシンク(俗にいう口パク)ナンバーがC+C ミュージックファクトリーの
Gonna Make You Sweat (Everybody Dance Now)
のインパクト絶大なパワフル系シャウトフレーズです☆




Everybody Everybody - DreamlandEverybody everybody - ブラック・ボックス
1stアルバム『Dreamland』 1989年

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Black Cat - Janet Jackson 【90年代ロック】

【90年代洋楽ロックの名曲】


Black Cat





I selected "Black Cat"
from 4th album "Janet Jackson's Rhythm Nation 1814"
of Janet Jackson released in 1989.



1990年の洋楽ヒットチャートから


ここいらの記憶は非常に曖昧なんで自信はありませんけどね。。。

ジャネット・ジャクソンさんんが1989年にリリースした
4thアルバム『リズム・ネイション』あたりから
洋楽CD1枚に収録される楽曲数がすんごく増えていったような気がします。

無論レコード世代のボクらに馴染み深いのは
まぁ平均してアルバムあたり10曲以下というのが一般的だったんですが
ここいらからくらいの年代から 20曲近い収録ナンバーの作品が
続々と結構リリースされていったような気がしますね。


まぁ『リズム・ネイション』からは8曲ものシングルがカットされてますんで
20曲くらい収録されててちょうどいいんじゃないでしょうかね(笑

では!
アルバムからの6thカットでビルボードのシングルチャートで
No.1を獲得したメルヴィルの『白鯨(原題は「モービー・ディック」ですが・・・)』
ならぬ「Black Cat」をチョイス☆

アルバム中 唯一のロックアレンジのイカしたナンバーでごわす♪

ちなみに・・・
この曲のギターが誰なのかすんごく気になってましたが
どうやらプロデューサーコンビのジャム&ルイスが所属する
ザ・タイムでドラマーとして活躍してるジェリービーン・ジョンソン氏が
ギターを演奏しているとの事ですね☆




Black Cat - Rhythm NationBlack Cat - ジャネット・ジャクソン
4thアルバム『Janet Jackson's Rhythm Nation 1814』 1989年

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Ice Ice Baby - Vanilla Ice 【90年代ラップ】

【90年代洋楽ラップの名曲】


Ice Ice Baby





I selected "Ice Ice Baby"
from 1st album "To the Extreme"
of Vanilla Ice released in 1990.



1990年の洋楽ヒットチャートから


白人ラッパーのヴァニラ・アイス氏が
1990年にリリースしたデビューアルバム『To the Extreme』から☆

ビルボードのシングルチャートでNo.1を獲得した
「Ice Ice Bab」をチョイス♪

誰もがご存知の1981年にリリースされたクイーンとデヴィッド・ボウイ氏の共作
「Under Pressure」のイントロフレーズをサンプリングしたナンバーっす☆

この曲の大ヒットによってアルバムも世界中でバカ売れいたします☆
ビルボードのセールスチャートでNo.1となり 全米だけでも7×プラチナセールスを記録!
全世界で1500万枚を売り上げたようですなぁ♪

しかし・・・
ここまでモロにサンプリングしときながら原作者側には無許可だったようで・・・
無論、原作者サイドに訴訟され敗訴となったようで
その後 ライティングクレジットにはクイーンの面々とデヴィッド・ボウイ氏の名前が
連なることになるみたいですね☆

ま。当たり前じゃ☆






Ice Ice Baby (Exclusive Version) (as Heard On Step Brothers) - Ice Ice Baby

Ice Ice Baby - ヴァニラ・アイス
1stアルバム『To the Extreme』 1990年

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【Re-Edit】 Close to You - Maxi Priest 【90年代ポップス】

【90年代洋楽ポップスの名曲】


Close to You





I selected "Close to You"
from 5th album "Bonafide"
of Maxi Priest released in 1990.



1990年の洋楽ヒットチャートから


ブリティッシュレゲエの新生 マキシ・プリースト氏が1990年にリリースした
通算5枚目のアルバム『Bonafide』からの全米No.1ヒット「Close to You」☆

ヘヴィなベースと強烈なエフェクトビートがCoolですな♪
メロディ構成も実に不思議・・・
この曲の冒頭とエンディングって ボクらが勝手にAメロだと思い込んで
メロディラインではないんですね。。




【2012.08.03 原文】

90年代ブリティッシュ系レゲエアーティストものって、
やっぱなかなかアメリカではヒットしなかったんですけどね。

これってレゲエ?
と言われるとちょい悩みますが・・・
マキシ・プリーストが1990年にリリースした「Close to You」は
見事に全米No.1ヒットをGetしました☆

確かに・・・No.1になるべくしてなったと思える秀逸なメロディ♪
特にイントロから引っ張るディープなベースラインが堪りません!!


もしかしたらサビに入るまでは
どんな曲か気付かない方もいると思いますケド。。。
たぶん、サビを聴けば「あ~これか!」
となるのではなかろうかな???


ただ・・・
これってレゲエかどうか?
は微妙。。。っつうかたぶんレゲエではない。
まぁ確実にブラック・コンテポラリーでしょうねぇ。。。






Close to You - BonafideClose to You - マキシ・プリースト
5thアルバム『Bonafide』 1990年

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How Sweet It Is - James Taylor 【70年代ポップス】

【70年代洋楽ポップスの名曲】


How Sweet It Is





I selected "How Sweet It Is"
from 6th album "Gorilla"
of James Taylor released in 1975.



1975年の洋楽ヒットチャートから


ボク的には ジェームス・テイラー氏とジャクソン・ブラウン氏の二人が
70年代を代表する男性SSWなんだろうなぁ~と思っております。

どちらも似たような感じで 決してバカ売れしてる!とか
全米No.1ヒットを連発してる!という類いのアーティストではありません。

まぁアルバムでスマッシュヒットをコンスタントに出し続ける
いわば「アルバム系アーティスト」なんだろうとは思います。

だから彼らの楽曲自体も ものすご~くインパクトを放つものよりも
佳作的な及第点レベルのものが圧倒的に多い訳なんですね。。。

でも・・・何気に そういうじんわりと年齢とともに染み渡ってくる作品のほうが
長く聴き続けられたりするもんなんですわいな☆


そんなジェームス・テイラー氏が1975年にリリースし
ビルボードのシングルチャートで最高5位を獲得した
アダルトポップなナンバー「How Sweet It Is」をチョイス♪

オリジナルはマーヴィン・ゲイ氏1963年のヒットナンバーのようです☆


ちなみにジェームス・テイラー氏のカヴァーVer.では
デイヴィッド・サンボーン氏がサックスで、
そしてカーリー・サイモンさんがバックコーラスで参加してるようです☆

何だか ものすんごく作り手側の「余裕」を感じさせられる1曲ですね☆




How Sweet It Is (To Be Loved By You) - GorillaHow Sweet It Is - ジェームス・テイラー
6thアルバム『Gorilla』 1975年

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Chevy Van - Sammy Johns 【70年代カントリー】

【70年代洋楽カントリーの名曲】


Chevy Van






I selected "Chevy Van"
from Best album "Golden Classics" of Sammy Johns.



1975年の洋楽ヒットチャートから


さて。。。
全くカントリーは知らん!と言いながらも
70'sカントリー系のヒットナンバーを続けます☆


1973年にアルバムデビューを果たしたカントリー系男性SSWの
サミー・ジョーンズ氏が1974年にリリースし
ビルボードのシングルチャートで最高5位を獲得した
カントリーバラード「Chevy Van」をチョイス♪


サミー・ジョーンズ氏も まぁぶっちゃければこの曲のみの一発屋で御座います;;;


ちなみに・・・
この「Chevy Van」は さきほどご紹介した
女性カントリーシンガーのジェシー・コルターさんの旦那である
カントリーシンガーのウェイロン·ジェニングス氏も
後年のアルバムにてカヴァーしているようですね☆


時々 思うんですけど・・・
特に70年代の楽曲で秀逸なのは
やはり洗練されたハーモニーの美しさでしょう☆

近年になって数多くの男性コーラスグループが誕生するのですが
合唱とハーモニーっていうのは決してイコールではありません。

このハーモニーのクオリティだけは
70年代以降の音楽界では ほとんど感じられなくなってきます。。。

やっぱコーラスじゃないんですよねぇ・・・
歌はハーモニーが重要なんですよねぇ♪




Chevy Van - Chevy Van
Chevy Van - サミー・ジョーンズ
ベスト盤『Golden Classics』

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I'm Not Lisa - Jessi Colter 【70年代バラード】

【70年代洋楽バラードの名曲】



I'm Not Lisa





I selected "I'm Not Lisa"
from album "Jessi Colter Collection"
of Jessi Colter released in 1975.



1975年の洋楽ヒットチャートから


アメリカの女性カントリーシンガーであるジェシー・コルターさん☆

彼女が1975年にリリースし ビルボードのシングルチャートで最高4位となった
優しく儚げなイントロ・ピアノの旋律が印象的な
カントリータッチのバラードナンバー「I'm Not Lisa」をチョイス♪

どことなく全盛期のリンダ・ロンシュタットさんにも
歌声が似ているような気がします☆


といっても無論 彼女のことは全くもって存じ上げません。。。
まぁカントリー自体を全く聞きかじってきていない。
ということもあるんでしょうけどね。

まぁWikiる限り 旦那でカントリーシンガーのウェイロン·ジェニングス氏が
この曲をプロデュースした!と書かれておりますけどね☆

ちなみに・・・
Amaでリンクしてるアルバムは2nd&3rd&4thの3枚コンピアルバムです☆




I'm Not Lisa - Jessi Colter CollectionI'm Not Lisa - ジェシー・コルター 
2ndアルバム『I'm Jessi Colter』 1975年

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At Seventeen - Janis Ian 【70年代ポップス】

【70年代洋楽ポップスの名曲】


At Seventeen





I selected "At Seventeen"
from 7th album "Between the Lines"
of Janis Ian released in 1975.



1975年の洋楽ヒットチャートから


ジャニス・イアンさんという名前は
何となく聞いたことはあるんですけどねぇ。。。

果たしてどんな楽曲を歌われていたのか?
についてはイマイチ???なんですわいな;;;


まぁ彼女がビルボードのシングルチャートで唯一ベスト3ヒット(最高3位)
を記録したのが 1975年にリリースされた「At Seventeen」のみですので
きっとこの曲の印象がさぞ強いんだろうと思いきや。。。

う~ん・・・あまり馴染みのないメロディですなぁ。。。
フレンチポップなエッセンスを汲む
どことなくヨーロピアンテイストのナンバーではあるんですけどね。。。
この曲の印象は特にないんですよねぇ。。。


しかしながら・・・
この「At Seventeen」で 彼女は1975年のグラミー賞の
『最優秀女性ポップ・ヴォーカル・パフォーマンス賞』を獲得しております☆


Wikiには 1976年のアルバム『Aftertones (愛の余韻)』が
日本の洋楽アルバムチャートで半年間に渡って首位を記録した。
と書かれておりました。

つうか・・・日本の洋楽アルバムチャートつうのが良く判りませんけど。。。

とりあえず 彼女のシングルを何曲か聴いてみましたが
何だか妙に鬱屈したようなマイナー調のものばっかりで
ボクの記憶に残ってるようなナンバーは特にないのですわねぇ。。。

ただし日本での人気のほうが本国よりも高かった!
的なことが書かれておりますね。




At Seventeen - ジャニス・イアン
7thアルバム『Between the Lines』1975年

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to Heart - KinKi Kids 【バラードの名曲】

【邦楽バラードの名曲】


to Heart




↑ ドラマのエンディングVer.ですけども・・・


ボクのかつてのカラオケレパートリーから☆
KinKi Kidsが1999年にリリースしたバラードナンバー
「to Heart」をチョイス☆

この曲もすんごくクオリティが高いですよねぇ♪
ジャニーズ系も たま~にとんでもない名曲をリリースします!
もしこの曲をカラオケでちゃんと歌えれば
結構女性陣も聴き入ってくれますですよ☆


でも。当然ながらジャニーズ系はプロテクトが厳しい・・・
原曲を探すのは非常に困難ですな。。。
Amaにアルバムのジャケ画すらないんですからねぇ;;;



to Heart - KinKi Kids 
ベスト盤『KinKi Single Selection』 2000年
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UNBALANCE - 高橋克典 【ロックの名曲】

【邦楽ロックの名曲】


UNBALANCE




↑ 途中までで終了しますが。。。



さて。今年に入って ほとんど邦楽の名曲を単品ではご紹介してませんでしたんで・・。
ちょいとボクの印象に残ったナンバーを数曲ばかしご紹介しておきますね☆


さて。実際のところ・・・
もしボクが邦楽バラードで一番好きな曲を選ぶとしたら
高橋克典氏の「True Heart」をチョイスするだろうと思います☆

歌詞もメロディも この曲以上に感動したバラードは今のところありません。

しかしながら・・・昔から この曲はYではUPされておりません。。。
まぁ高橋氏の作品自体 すんごくプロテクトが堅いようですので
残念ながら紹介できないんですけどね。。。

Amaで視聴可能ですが サビで盛り上がる前にフェードアウトしちゃいます;;;


代わりといっちゃあ何ですけどもね。
高橋克典氏が1995年にリリースした「UNBALANCE」をご紹介♪
当時はこの曲も良くカラオケで歌いましたねぇ☆
メロディアスでロックテイストの切な~いナンバーですわいね☆☆☆





UNBALANCE - 高橋克典
ベスト盤『THE BEST OF KATSUNORI TAKAHASHI 1993~2000』



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Pass the Dutchie - Musical Youth 【80年代レゲエ】

【80年代洋楽レゲエの名曲】


Pass the Dutchie





I selected "Pass the Dutchie"
from 1st album "The Youth of Today"
of Musical Youth released in 1982.



1983年の洋楽ヒットチャートから


1979年のデビュー当時は8歳~10歳程度だったという
まさにお子ちゃま系UKレゲエグループのミュージカル・ユース☆

まぁ年代的にもデビュー時期的にも
あのニューエディションと重なる部分はありますが
レゲエをセレクトしたあたりが なかなかにお洒落で御座いますなぁ☆

このメンバー自体は2組の兄弟が中心となってるようですが
どうやら片方の父上がレゲエグループの元メンバーだったようですね。


さて!彼らが1982年に ジャマイカのレゲエトリオである
マイティ・ダイアモンズのナンバーをカヴァーし
ビルボードのシングルチャートで最高10位となった
「Pass the Dutchie」をチョイスです☆

てっきり学芸会のノリかと思いきや・・・
なかなかにコーラスも決まっててクールな仕上がり☆

ちなみにUKチャートではNo.1を獲得しております☆




Pass the Dutchie (7Pass the Dutchie - ミュージカル・ユース
1stアルバム『The Youth of Today』 1982年

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We've Got Tonight - Kenny Rogers & Sheena Easton 【80年代バラード】

【80年代洋楽バラードの名曲】


We've Got Tonight





I selected "We've Got Tonight e"
from 11th album "We've Got Tonight "
of Kenny Rogers & Sheena Easton released in 1983.



1983年の洋楽ヒットチャートから


アメリカンロックを代表するSSWであるボブ・シーガー氏が
1978年にリリースした10thアルバム『Stranger in Town』に収録されたバラードを
1983年にケニー・ロジャース氏がシーナ・イーストンさんとのデュエットでカヴァーし
ビルボードのシングルチャートで最高6位となった「We've Got Tonight」☆

まぁ前回にも述べたとおり・・・
ケニー・ロジャース氏は80年代に入ると カントリーシンガーではなくって
アダルト・コンテンポラリー系バラーディストとしてその存在感を発揮するのですね。

この曲も明らかに大人系のバラードソングなんですけど。。。
何故かアダルト・コンテンポラリーチャートでは2位止まりなのに
カントリーチャートのほうでNo.1を獲得しているようです。

う~ん・・・なぜ???




We've Got Tonight - The Best of Kenny RogersWe've Got Tonight - ケニー・ロジャース & シーナ・イーストン 
11thアルバム『We've Got Tonight』 1983年

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【Re-Edit】 Hungry Like The Wolf - Duran Duran 【80年代ダンス】

【80年代洋楽ダンスの名曲】


Hungry Like The Wolf





I selected "Hungry Like the Wolf"
from 2nd album "Rio" of Duran Duran released in 1982.



1983年の洋楽ヒットチャートから


70年代後半にUKでデビューを果たした まさに80'sサウンドの
申し子バンドのひとつ " デュラン・デュラン "☆

デビューからは数名のメンバーチェンジはあったようですけど・・・
ボクらが知ってるデュラン・デュランというのは3テイラー
(ジョン・ロジャー・アンディ)にヴォーカルのサイモン・ル・ボン氏、
そしてニック・ローズ氏というメンバー構成になって以降ですね☆


彼らはニューロマンティックの新星として そのルックスの良さも相まって
一躍スターダムにのし上がっていくのでした☆


そんな彼らの人気を決定付けたのが1982年にリリースし
ビルボードのシングルチャートで最高4位を獲得した
「Hungry Like the Wolf」だったんですね☆


それまでの" テクノ "と称されるサウンドは 基本的にシンセサイザー&ドラムマシン
という実にシンプルな形態でのトラックダウンが主流でしたが
初期デュラン・デュランの場合は ロックバンドとしてのサウンドに
そうしたテクノ的エッセンスが7:3くらいの比率でブレンドされている。
というのが正しい解釈だろうと思います。。。

そのサウンドバランスが逆転した80年代中期以降から
ロック志向の強いメンバーの離脱が始まる訳なんですけどねぇ・・・





【2012.03.27 原文】

80年代初期から中期にかけては、
ボクが最もMTV系の番組を欠かさずに観ていた時期である。

中でも地元だったTVK系列では、非常にそのような番組が多かった。


さて、80年代中期までの洋楽において、
ニューロマンティックという新しいジャンル位置づけされた
デュラン・デュランの存在は非常に大きかった。


当時、似たようなエレクトリック系バンドが、かなりデビューしていたが、
作品のクオリティや音の使い方においては、彼らがダントツだった。
※無論、ルックスも含めて。。。であるが・・・


そんな彼らの1982年リリースのアルバム『Rio』から、
見事にロックとテクノサウンドが融合した
「Hungry Like The Wolf」をチョイス♪






Hungry Like the Wolf - RioHungry Like The Wolf - デュラン・デュラン
2ndアルバム『Rio』 1982年



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Billie Jean - Michael Jackson 【80年代ダンス】

【80年代洋楽ダンスの名曲】


Billie Jean





I selected "Billie Jean"
from 6th album "Thriller"
of Michael Jackson released in 1982.



1983年の洋楽ヒットチャートから


ボクらがリアルタイムで観た最初のマイケル・ジャクソン氏のPVってなると
やっぱ「Billie Jean」だろうと思います☆


まぁ今後 この記録が塗り替えられる可能性はゼロでしょうから・・・
おそらく人類が成し得る 最大のアルバムセールス記録を持つアルバムが
マイケルの代表作であり 全世界で1億枚以上を売ったとされる『Thriller』なのですね☆
※でも逆に最高に売れたとしても「そんな程度なの?」という気がしなくも無いです。。。


このアルバムからは全9曲中7曲がシングルカットされてるようですが
アルバムからの2ndカットにしてビルボードのシングルチャートで
No.1を獲得したのが「Billie Jean」だったんでござんす☆

このアルバム『Thriller』自体は 生音とエレクトリックなエフェクトが
ちょうど半々づつくらいで絶妙にブレンドされており
特に「Billie Jean」は 初期80'sにありがちなシンセのチープ感が
全く感じられない非常に卓越したセンスを放つナンバーですわいな☆
※ラスト付近のリズムギターが非常にイカしてます♪


しかしながら・・・時はまさに音楽PV最盛期!
TVKを見てたら それこそ一日に何回もマイケルのPVが
繰り返しローテされるもんですからねぇ。。。


個人的にアルバム『Thriller』収録ナンバーは
さすがに食傷ぎみでしてねぇ・・・聴き飽きた感が否めませんなぁ。。。


でも彼が 「音楽プロモーション」におけるヴィジュアリティの重要性を
世に知らしめたことは間違いないところであり
ダンスとサウンドとの連動性がもたらす『魅せる音楽』という
次世代スタイルの音楽ビジネスの方向性を確立した功績は大いに讃えるべきでしょう。

音楽という概念を「聴く」ものから「観る」ものへとパラダイムシフトさせたのは
紛れもなく彼だったろうなぁ~と思います。




Billie Jean (Single Version) - Thriller (Special Edition)Billie Jean - マイケル・ジャクソン
6thアルバム『Thriller』 1982年


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Drinking alcohol/お酒を飲みつつ
While driving/ドライブしながら
If you want to Fever/血が騒ぐ
Masterpiece of the Western music of the 80s/80年代洋楽の名曲
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