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未来に残したい洋楽&邦楽の名曲

70~80年代の洋楽&邦楽を中心に未来に残したい名曲&名盤を独自にチョイスするBlogです☆
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エーゲ海の真珠 - ポール・モーリア 【インストルメンタルな名曲】

【インストルメンタルな名曲】


エーゲ海の真珠






Epi-10

「いまの子供たちは」

「だから最近の若者たちは」

 さも子供側に立っているかのような素振りをしながら、教育評論家たちがテレビのなかで吐き出す言葉の響きには、たったひとつの現実さえも語れぬほどの美しさばかり満ち溢れている。
「子供に悪影響を与えるから」と、いい、彼らは容易くこう結論づけるんだ。

「だから子供に見せるな」

「だから子供に聞かせるな」

「だから子供に教えるな」

 むかしっから、そんな連中がものすごく好きな言葉だ。――アンタらが、ボクたちを「子供」って定義できるほど、なにか特別なものを持ってるとでも思ってるのか? 大人なんて、結局どいつもこいつもみな同じだ。大人になるほどいろんなものを得ていくものだと勘違いしてやがる。けれど、きっとその逆だ。大人になるほどボクらはみんな、いろんなものを失ってくんだ。――

 大人たちが包み隠そうとすればするほど生み出されていく好奇心、――隠された事実を小さなのぞき穴から、どうしても垣間見たくなってしまう隠微な背徳感は、ありのままの真実を突きつけられる以上にボクらを困惑させながら歪ませていく。

 罪悪感はうしろめたさであると同時に、好奇心によってもたらされる曖昧な達成感でもある。
 いつだってボクらは抑圧されるたびに押し返し、キレイごとではないリアルな日常のなかを彷徨(さまよ)う。さも子供側に立つかのように真顔で語る連中が吐き出す虚構の戯言に救われるヤツなんて誰ひとりとしていやしない。だって、

――――ボクらは、なにひとつとして理由なんてものを持ち合わせていないのだから。――――


 1983年3月12日(土)
 朝の8時半頃

 出席停止処分を受け、ボクが学校に行っていないあいだには、様々な出来事があったみたいだ。どうやらPTA保護者会の席で今回の事件が議題に取りあげられたらしい。

 その席上、クラスメイトの母親が、担任教師の日常的な暴力を非難しはじめたことで、ボクの起した暴力事件については、なんだかうやむやにされていき、その代わり、この中学における恒常的な教師側の暴力行為のほうが問題視されていったのだという。

 これはあとで知ったんだけど、ボクが「キレる」きっかけとなった、あのとき担任に叩かれた女子生徒の母親が、どうやらPTAの御偉いさんだったようだ。

 やがてクラス内ではアンケート調査が実施され、担任の暴力行為が確実に存在していた事実が明らかとなる。――その際、クラスのみんなは、「ボクのことを相当に擁護してくれていた」のだと、昨日の夜、マレンから電話で聞いた。

 こうして原稿用紙三枚程度の反省文を書くことを条件に、ボクは一週間の自宅謹慎を終える。

 朝、久しぶりに教室のなかへ入ると、 クラスのヤツらが笑顔でボクのことを出迎えてくれたんだ。マレンは普段、学校でそんなことなど絶対しなかったのに、このときだけはみんなの前で、おもいきりボクに抱きついてきた。

 ボクも少しだけ照れながら、彼女の背中を抱きしめた。みんな暴力から解放されたことを本当に心から喜んでいたんだと思う。担任の具合のことなど誰ひとりとして気にもしていなかった。

(そういえば、アイツはどうなったんだ? まだ入院してんのかな)

 「自宅療養中」ということで、結局、その担任教師は中2の終業式の日になっても学校へはこなかった。そしてボクらが中学3年に進級してからも、その男が新たに学級担任を受け持つことはなかった。こういういい方が正しいかどうかなんてことは、この際どうでもいい。けれど、


――――ボクらはきっと勝ったのだ。――――







エーゲ海の真珠 - ポール・モーリア 
ベスト盤『ポール・モーリア ベスト・ヒット』

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ピアノソナタ第8番ハ短調作品13『大ソナタ悲愴』第2楽章 - ベートーヴェン 【インストルメンタルな名曲】

【インストルメンタルな名曲】


ピアノソナタ第8番ハ短調作品13『大ソナタ悲愴』第2楽章
Piano Sonata No. 8 in C minor, Op. 13, Adagio cantabile







Epi-9

 1983年1月9日(日)
 深夜の1時過ぎ


 光の速さは、およそ秒速三十万キロメートル、
 たった1秒で地球を七周半もまわれるスピードなのだという。――もし、星の光が何百年以上もかかってここまで到達しているならば、いったい地球とはどれほど距離が離れているのだろうか。――――

【あの星の輝きは数百年以上も前に放たれたものだ】

 幼い頃、誰かがいってたそんな話に、この現実世界を大きく飲み込む巨大な宇宙の真理を知ったとき、まるで大海原を漂いながら、ひとり漆黒の海の底をのぞき見ているような思いがしてなんだか急に怖くなった。美しく光り輝く星空を見上げ、ボクがはじめて宇宙という存在に抱いた感情、――それは間違いなく「無限の距離感」というものに対する畏敬の念だったのだろう。――――

 今年に入ってから、元旦以外はずっと自室に閉じ籠り、マレンへ贈る曲の歌詞を書いてばかりいる。けれど中学2年のボクが書く歌詞には、なにひとつとして現実味なんてものなど存在せず、どっかで聞いたことのある、歯の浮くような台詞(せりふ)ばかりがあたまのなかを駆けめぐる。――

 作詞用の大学ノートには、わずか数行程度で行き場を失くした、そんな中途半端な文字たちが脈略もなく、ただ綴られている。……

 余白だらけのノートをぼんやり見つめていたけれど、やがて立ちあがってベッドに「ドサッ」と倒れ込む。窓の外には濃蒼色(のうそうしょく)の冬の夜空が広がっていた。隣の家が二階建てに増築される前までは、この星空も、もっと遥かに広かったような、――なんだかそんな気がする。

 気圧のせいか、それとも温度差のせいなんだろうか。

 冬になると、いっそう重くなる窓ガラスのアルミフレームを、多少の力を込めて半分だけ開け放ってみる。部屋のなかへと一気に吹き込む、少し甘みのある「冬独特の匂い」を帯びた冷気、――どこか金属の無機質さにも似たその真冬の香気(こうき)を、分厚いかけ布団に包まりながら顔に浴びるのが少しだけ心地よかった。そっとリモコンで部屋の灯りを消す。――夜空の闇色にだんだん目が慣れはじめると、星々はその輝きを急激に増していく。――――

 昼間、北口のデパートへ、エレキギターを見に行った帰り、川澄マレンから「曲の歌詞を見せろ」とせがまれた。けれど恋愛系の歌詞だけはどうしても軽々しくは見せられない。たぶん恋愛の歌詞が恥ずかしくて書けないようなヤツらがパンクとかのジャンルにいくのだろう。

 窓の外に向かって静かに息を吐き出してみる。それは最初、夜のなかへとまっすぐ伸びてゆき、タバコの煙のように白く不規則に揺らめきながら、少し向こうの闇と溶け合い消えてった。白い霧状の呼気がカオス的に彷徨(さまよ)い浮遊する様(さま)を眺めながら、枕元に置いてあった腕時計のボタンを適当に押す。――

緑っぽいライトに映し出されたデジタル表示を眺めてみると、すでに夜中の2時を過ぎていた。

 ボクが小学生の頃までは、おもいっきり野球ができるほどに広大な砂場だった家の隣の空き地には、暗くなるまで走りまわってたかつての思い出の遊び場としての名残りなど、なんら残されてはいない。

 中学に入る少し前、薄緑色の合成樹脂でコーティングされた格子状のネットフェンスが、家の敷地とその空き地との境界線上に張られてしまったことで、そこを自由に行き来することができなくなったんた。いまや格子によって隔絶された、かつての野球場は深々と掘削され、表面に湿り気を滲ます茶褐色の土肌を寒空の下、無機質に露呈している。

 その四分の一にはすでに砂利が敷かれて仮設の駐車場と化し、四分の二が現在、住宅用の造成工事の最中だ。残された四分の一の空き地には、その掘削工事で掘り起こされた赤黒い残土が山積みとなって固められたままに放置されている。

 いずれ来年にもなれば、何軒かの分譲住宅が互いに壁をこすリ合わせるようにしながらこの地に建ち並ぶのだろう。 かつて、ここがボクらの野球場だったことなんて、いつかは忘れてしまうのだろうか。――――

 ほとんど空気振動のない外の世界、――この時間にもなれば、うっすら汚れた窓ガラスの向こうには、濁り気のない真冬の冷気が目に見えるほど充満している。なにひとつ物音がしないせいなんだろうか? 

 微かな月明かりが滲みあがらす、濃密なまでの静けさが凝縮された、まるで刃(やいば)の如き真冬の冷酷さをはっきり五感に感じ取ることができる。――

 街の灯りはせつなくなるほど暗いのに、肉眼で見えるのはせいぜい二等星くらいまでだろうか? 冬の夜空のど真ん中、オリオン座を形成しているベテルギウスとリゲル。――上辺の左端と、そこから斜めに星座を大きく縦断した右下すみで、鮮やかなシグナルレッドとアリスブルーに光り輝くふたつの偉大なる一等星を、凍てつく紺青(こんじょう)の彼方に見つめて思う。

(いったいどこで見たんだっけな。――まるで重力を無視するかのようにして夜空一面を覆い尽くしていた『凄まじいほどの星の海』を、……

 そのとき、たかだか数年しか生きていない人生のなかで『もっとも美しいもの』を見たような気がしたんだ。たしかにそれ以上美しいものを見たことはいまだない。いずれにいたって、人間がどれほど技術的に進化を遂げたとしたって、無限の星空より美しい造形物なんて作れやしない。所詮ボクらは、こんなにも小さな有限世界のなか、わずかな瞬間、そこに存在しているだけに過ぎないのだから。……)

 ふと、ベッドから抜け出してガラス窓をもう一度開け放つ。また、あの「冬独特の匂い」が部屋のなかへ吹き込んでくる。ボクは裸足のまま、凍りついたベランダへと降り立った。

 水滴の微粒子が霜(しも)をつくり、木製のベランダ一面を薄いシャーベット状の氷膜(ひょうまく)で覆っている。

 日付が変わるまでずっとぐずついていた夜空の南東には、哀しげな三日月が「ぺったり」貼りつけられていた。

 リゲルはすでに家の屋根の少し向こう側へと隠れてしまったけれど、幾重にも光の輪郭を纏(まと)ったベテルギウスだけは、夜空を赤く滲ませながら、おおいぬ座のシリウスと、こいぬ座のプロキオンらとともに、大きな正三角形を依然としてディープブルーな真冬のキャンバス上に描き続けていた。

 明日から三学期が始まるんだ。――――




作品13『大ソナタ悲愴』第2楽章 - ベートーヴェン 


亡き王女のためのパヴァーヌ - モーリス・ラヴェル 【インストルメンタルな名曲】

【インストルメンタルな名曲】


亡き王女のためのパヴァーヌ
Pavane pour une infante défunte





Epi-7

 1982年5月13日(木)
 四時限目の終わり頃


 おぼろげな春光が南の窓から柔らかく射し込んでいる。―― 担任教師は、薄気味悪いその眼のなかに淡い陽射しを映し出し、ためらうことなく窓のほうから順番に生徒を殴りはじめる。そのたびに彼らはうしろの壁に激突したり床へ崩れたりしていった。

 ボクは担任の顔をずっと見ていた。人を殴ってるときって、いったいどんな顔をしているものなのか、なんとなく興味があったんだ。

――――感傷と歓喜を同時に漂わせたような歪んだ恍惚感――――

 もしも言葉にするならば、きっとそんな感じなんだろうか。
 担任教師の見開いた、魚のように大きな目には、たしかにそういう「いびつな喜び」がうっすら漂っていた。

 やがてボクの順番になる。
 女子生徒たちは隣でずっと泣き続けている。ボクは担任の顔をぼんやり見ながら笑ってた。こみあげてくる「怒り」みたいな感情が、不思議なくらいボクを笑顔にさせている。

(きっと、真顔になったら負けだ。……)

 怯える女子らのために、意地でもボクが余裕を見せていなけなければ、――なんとなくそう思ってたんだ。

「……なに笑ってんだ」

 と、この男は大きなサカナのような眼をボクへと向ける。

「別に、……」

「なに笑ってるんだよ! お前は!」

 担任教師はそう叫び、ボクの左頬骨あたりに重たい右ストレートを突き刺す。その衝撃が脳のなかを一気に揺さぶり、右側頭葉が頭蓋骨の内側に激突した。――衝撃を感じながら、コイツが人を殴り馴れてるってことをボクは瞬時に理解する。けれど、それはボクシングの殴り方ではなかったと思う。たぶん、むかし空手でもやってたんだろう。いずれにしたって、この打撃の重さは素人ではない。――

 二発、三発と、間髪いれずに殴り続けられてくうち、その衝撃のなかに、感傷や歓喜とは違う、なにかもっと別の冷酷な感覚、……おそらくはいっさいのためらいもなく、その対象物を破壊しようとする残虐な「使命感」のようなものを、はっきりコイツの拳から感じ取れたんだ。それはまるであたり前のように容赦なく、そしてものすごく機械的な「破壊行為」そのものだった。

 それでもどうにかしばらくは、笑ってコイツの太い前腕に浮かびあがった血管の本数を数えることもできていた。そのすべてを刃(やいば)で切り裂いてやりたいような気分だった。

 けれど、さすがに上唇のあたりが痺(しび)れはじめ、だんだん笑顔が維持できなくなっていく。苦痛に歪む表情を小馬鹿にするよう見届けて、担任の足音は、やがてボクの右隣で震えてる女子生徒らのほうへと移動していった。

「バシン」という高い炸裂音が静まり返った教室内に響き渡る。――それは「頬を平手で叩いている」ってことを、怖くてうしろを振り返れない、ほかの生徒らに教えている音だった。ただ、同時にこの男が女生徒を拳では殴らなかったってことを意味する音でもあった。痺(しび)れた唇を指先でなぞり、ボクはその担任教師の横顔を睨みつけた。――

 恐怖のあまり、おとなしく服従いていく者たち、――そして、その暴力に対して反逆心を生み出していく者たち、――暴力的な脅威に支配された場合、大抵、人はその二つのタイプに分かれるのだろう。すべての人間を100%暴力で支配することなど到底不可能だ。

 腐った教師たちがどれだけ力で服従させようとしたって無駄さ。誰にもボクらを「力」で支配することなんてできやしない。世の中に対して常に持ち続けている「理由なき反逆心」がバリアとなって、ありとあらゆる外圧から14歳のボクら自身を守ってる限りは、…………


 1983年3月7日(月)
 昼の1時半頃


 敷地内に三棟連なる校舎の真ん中に建ってるのが本館である。その一階、職員室のほぼ真下にあたるこの場所が、おそらく学校で一番陽当たりのいい部屋なんだと勝手に思っていたけれど、射し込む陽射しは奥まで届かず、ボクが座るソファーの少し手前で薄暗い陰影と交わっている。――昼を過ぎてもまったく気温はあがらないままだった。

 壁の上のほうには、歴代の校長らしき人物の肖像写真が高価そうな額縁に収められ、規則的に並んでいる。

(このなかで一番古いのって誰なんだろう?)

 思いのほか、その写真の数が多かったことからも、この中学がいかに歴史ある学校だったのか、ほんの少しだけ窺(うかが)い知ることができた。

 正門あたりで大きく鳴りはじめた救急車のサイレンは、やがてすぐに遠くのほうへと消えていった。校長室の古ぼけた茶色いソファに座りながら、ボクは、この質素な部屋のなかをぼんやり見まわす。

 気がつくと、いつのまにやら生活指導や学年主任ら、主要な教員連中も集まってきていた。彼らは、安そうな合板製テーブルを挟んでボクの目の前に座ってる校長のうしろに並んでこちらを睨みつけている。

 ひとりの教師が慌てながら部屋へ入ってくるなり、校長になにやら耳打ちする。 神妙な顔つきで何度か頷くと、やがて校長は少し垂れた厚ぼったい上まぶたを見開いて、ゆっくりボクのほうを見つめた。ボクも彼の顔を、この学校に入ってからはじめてちゃんと間近で眺めていた。学校行事で挨拶をしている姿を遠めで見ていたときとはずいぶんと印象が違う。年老いた校長の顔は、大小のシミや無数のシワ、さらには細かいほくろで埋め尽くされていたんだ。――


「……とりあえず担任の先生はいま、病院へ向かわれました」

 校長は穏やかな口調で、そう語りはじめる。

「君のしたことは暴力行為です。そのことはわかりますね?」

 ボクは小さく頷いた。

「先生は、もしかしたら大変な怪我をされているかもしれません。君はそのことを反省していますか?」

 ボクは黙っていた。

「……なぜ君は先生を殴ったりしたんですか?」

 と、校長は相変わらず穏やかに、その理由をボクに問う。

「それは、先生が生徒を殴るから、……です」

 ボクは、うつむきながら小さく言葉を吐き出した。

「先生が殴る? いつ先生が生徒を殴ったのですか?」

 校長のそんな言葉に、少しだけ「フッ」と嘲笑しながらボクはつぶやく。

「いやぁ、『いつ』というより『いつも』なんですけど」

 すると校長は顔をしかめ、うしろに並んでる教師たちのほうを振り返った。
 教員連中は誰も校長と目を合わさずに、隣同士、お互い首を傾げるような仕草をし合う。

(ふざけんな! ちゃんとお前ら見てただろうが! 職員室でボクが殴られてる姿をよぉ)

「いずれにしても暴力はいけないことです。君は先生に対してきちんと謝らなければならない」

 と、校長はボクのほうへ向きなおると静かにいった。

「じゃぁ、先生だったら生徒に暴力を振るってもいいんですか?」

「いいえ、決して暴力を振るってはいけません」

 少しだけボクは苛立ちはじめる。

「おかしいでしょ!校長のいってることは!先に暴力を振るってきたのはアイツのほうなんだからさぁ、だったら、まずはアイツに謝らせてくださいよ!」

「お前! 校長先生に対してなんていう口の利き方してるんだ!」

 校長のうしろにいた生活指導の中年教師が怒鳴る。よくある学園ドラマの台詞みたく本当にそういった。ボクはだんだん、教師たちに対して湧きあがる憤りの感情が抑えきれなくなっていく。

「だっておかしいだろうが! オレはヤツに50発以上は殴られてんのに、さっきはたった10発くらいしか仕返しできてないんだからさぁ」

 思わずそう叫ぶと、

「本当に君はそんなに殴られたのですか?」

 目を細め、目尻のシワを浮き立たせながら、校長は深刻な表情でボクを見つめた。

「だったら、うしろにいる先生方に聞いてみてくださいよ。ちゃんとみんな見てますから。こないだ職員室で20発くらい殴られてるところを、……ねぇ先生、見てましたよね?」

 ボクは学年主任の顔を睨みつけながらそう吐き捨てる。その教師は、声にならない言葉を口元のあたりで「ブツブツ」とつぶやいていた。――



亡き王女のためのパヴァーヌ - モーリス・ラヴェル(演奏:辻井伸行)
1stアルバム『debut』 2007年








ピアノ協奏曲第5番『皇帝』第2楽章 - ベートーヴェン 【インストルメンタルな名曲】

【インストルメンタルな名曲】



ピアノ協奏曲第5番『皇帝』第2楽章

The Piano Concerto No. 5 in E-flat major, Op. 73 Adagio un poco mosso in B major





Epi-5

 1982年11月4日(木)

 ボクらが生まれるわずか20数年前まで、この国が戦争をしていたなんてまったく信じられない話だ。けれど昭和一桁生まれの親父が小学生のときはまだ、確実にこの国は戦争の真っ只中だった。――

 たしか沖縄がアメリカから返還されたのって、ボクが生まれた年あとのこと。当時、テレビなんかでやたらと大騒ぎしていたような覚えがぼんやり記憶に残ってる。

「沖縄」といえば、小学校低学年の頃、体育館で上映された映画『ひめゆりの塔』――それしか思い浮かばない。すべての内容を覚えてるってわけじゃないけれど、見終わったあと、なんだかとてつもないやるせなさが心に刻み込まれてしまった。

 『二十四の瞳』や『はだしのゲン』も、学校で見させられたはずなのに、「戦争」といえば、なぜか真っ先に沖縄のことを連想するようになってしまったのである。

――――お爺ちゃんは戦争のとき外国で死んだ――――

 毎年ってわけじゃなかったが、子供の頃、終戦記念日になると地元の海岸に親戚たちと出掛け、一度も会ったことのないお爺ちゃんの話をよく聞かされたりしていたものだ。けれど、お爺ちゃんがどこの国で死んだのかは、―― たぶん南アジアの海だったと思うけど、けっきょく何回聞いても覚えられなかった。

 ただ、海に捧げられた花束が、なかなか沖へと向かわずに、何度もボクらの足元へ戻ってきてたことだけは、なんとなくぼんやり覚えている。

 こうして、ただ、なんとなく過ごしている日常のどんな部分を切り取ったって、その戦争の痕跡をリアルに見出すことなんてできやしない。もし誰かに教えられなければ、きっとこの国に戦争があったことなんてボクらはずっと知らないままだったのかもしれない。

けれど、ボクらが生まれる20数年前までは、命の奪い合いが間違いなく行われていた。――だから、流れるボクらの血のなかには、相手の命を奪ってしまえるほどの激烈な闘争本能が脈々と受け継がれているような気がするんだ。
 
 きっと誰も気づいてないだけさ。

――――そう、覚醒しない限り。――――

 きのう、学校から帰る道中、薬局でオキシドールを買った。
 結構な分量を左手にすくい取って、伸びた前髪の左右に擦(こす)りつけ、しばらく至近距離からドライヤーの熱風をあて続けてみた。――すぐ蒸発したオキシドールの、なんともいえない生暖かな異臭があたりに充満しはじめていく。

「狙い通り!」と、まではいかなかったけど、髪の毛はたしかに茶色く変色していた。

(担任には、また殴られるかもな)

 なんだかボクは最近、やたらと教師や先輩らに対して挑発的な気分になっている。2学年上の先輩たちは相当ワルかったけど、一校上のいまの3年は、どいつもこいつもみな一様にダサいヤツばっかりだ。

 理由は全然大したことじゃなかったけれど、――

 こないだ職員室で 担任教師に20発以上殴られ続けたんだ。15発目くらいまでは覚えてたけど、あとのほうはだんだん間隔があいてきて、ふと、担任が思い出しては時々ボクを殴る、……みたいな感じだったんで、最終的に何発殴られたのかまではちゃんと数えてない。

 まわりにいたほかの教師連中は、ほとんど誰もそれを見ていなかった。きっと目には入っていたんだろう。が、鮮血の飛び散ったYシャツ姿のボクのことなど誰もまともに見ようとしていなかった。彼らは普通に談笑したり自分の机に向かって事務作業をしたりしていた。

―――― 別にいいさ。隠蔽と保身好きなボンクラどもが! ――――

 この担任教師は、ほんの些細なことでも平然と拳で顔面を殴ってくる。暴力系教師なんてこの学校にも何人かいたけれど、大抵の場合、「平手打ち」だ。 顔面を拳で平然と殴れるようなヤツは、さすがにコイツくらいなものだろう。――

 これは殴られてみないとわからない感覚なんだろうけど、その瞬間って、突然、目の前の風景がまるで、勢いよく「あっち向いてホイ」をさせられたみたいに、一瞬のうちに変化する。―― いや、衝撃によって強制的に変化させられる。大抵の人は、なにが起こったかまったくわからないので、この感覚には即座に順応することができない。

「ゴォッ」という鈍い衝撃のあと、おそらくは前かがみになったりするせいなんだろうけど、自分の上履きが、いきなりすぐ鼻の先に見えたりするんだ。

 何発も顔面を殴られ続けていると、だんだん神経が麻痺していくんで、受ける衝撃ほどの痛みは感じなくなっていく。けれど、何度も脳が頭蓋骨の内側にぶつかってるからなんだろうけど、あたまのなかが「ズキンズキン」と疼きはじめる。

 でもやはり一番キツいのは鼻を殴られたときだ。鼻骨の奥のほうで「ツーン」と錆びた鉄のような匂いがする。きっとそれは血の匂いなんだろうけど、……とにかくすんごく嫌な気分になる。だから鼻を殴られるよりは頬とかのほうが全然マシだ。

(この担任教師は、たしかボクらが中学2年になると同時に他校から転任してきたんだったな。『ギョロッ』っと飛び出した魚のように大きな目、額を横断するよう何本も刻み込まれた深いシワ、色白の肌に青々と残された髭剃り跡、そして短く刈あげられたうしろ髪、……この男が新しいクラスの担任としてはじめて教室に入ってきたとき、なんだかものすごく薄気味悪い印象を覚えた。最初の頃は、バカ真面目で大人しいヤツかとばかり思っていたんだけど、ある日を境に、この担任教師は突然豹変したんだ。――)

 ――――うす気味悪いその顔を忘れることなんてきっと永遠にできやしない。――――

 そういえば、――
 職員室で殴られてる最中、ひとりだけ止めようとしたのか、途中でボクに土下座するようにいってきたヤツがいたんだけれど、その担任から、

「立ってるほうが殴りやすいですから」

 と、いわれたら、なにもいわずにあっさりその場を立ち去ってしまったんだ。背を向け去っていったその中年教師が、たしかボクたち2年生の学年主任だったな。……まったく笑える話だね。

 学校のなかでなら、 当然許されるものだと勝手に思い込んでる故意による傷害行為のことを教師どもは、「罪」ではなく「(体)罰」と呼んで正当化している。コイツらは生徒を殴ることに快楽を覚えてしまったサディスティックな変質者か、殴ることで自分は「指導してるんだ」と、自己満足な妄想に取り憑かれたサイコパスだ。
 どんな理由があろうとも人を拳で平然と殴れるヤツなんて、暴力に快楽を覚え、みずからの理性を制御できない異常者、もしくは変人だ。

【みんながみんな、悪い教師ばかりじゃない】

 そりゃあ、たしかにそうなんだろうけど、目の前で繰り広げられてる同僚たちの暴力行為を批判も制止もしないまま、日常の風景にすっかり同化させちまってるようなほかの連中が正常だとも思えない。――歴然たる暴力が存在している学校のなかにいて「自分は知らなかった」なんて真顔でいわせやしない。結局、教師なんて異常者ばかりだ。

 そんな異常者たちが平然と存在している「学校」という名の密室、――そこは、復讐心を持てない弱者にとって、決して安らぐことのできない、まるで戦場のような場所なのである。けれどボクは、そんなに甘くない。――教師たちに対して抱く敵意は日増しに高まり続ける一方だ。少なくとも担任教師のことだけは絶対許したりしない。

 争いの歴史のなかを生き延びてきた先祖たちの血流を伝って、ボクに受け継がれた様々な遺伝的本能が心を煽(あお)る。

「ヤツられたら、必ずやり返せ」って、――いわれなくてもヤってやる。

――――そんなの当たり前のことだ。――――

 教室に戻ると、川澄マレンが心配そうな顔をしてボクのそばへとやってきた。ボクは笑いながら「大丈夫だよ!」と答えたが、しばらくすると頬の表面が硬くなり、内出血の塊が何個もできはじめていく。休み時間、トイレの鏡で眺めてみると、両頬や右目の下が薄紫に変色し、腫れているのがわかった。
 頬の内側にできた血腫を舌先でなぞりながらボクは思ってたんだ。

「でもまぁ、あれだけヤラれたにしてはそんなにヒドくもないかな」って、…………

 最近、ボクのまわりではUKパンクを聴く連中がやたらと増えてきている。「パンク」といえば、……こないだ鈴本タツヤに借りたセックスピストルズのアルバムをたまに聴いている。こんな程度のギターなら、誰でもすぐにでも弾けそうな気がするけれど、このバンドのアルバムはわかりやすいんでキライじゃない。

 セックスピストルズ唯一のスタジオアルバムとなった『勝手にしやがれ(Never Mind the Bollocks, Here's the Sex Pistols)』で、ボクが一番好きなのは、やっぱり「ゴッド・セイヴ・ザ・クイーン(God Save the Queen)」かな。この曲は聴いててすごく気持ちいい。「No Future(未来なんてない)」か、――なんだかすんごくいい響きだ。――

 帰り道、マレンはずっと説教し続けていた。たしかに上級生や教師たちとの揉め事は、このところ妙に増えてきているし、こないだ3人の相手に怪我をさせたのも事実だけれど、……彼女が「ブツブツ」隣で小言をいっているあいだ、あたまのなかでは、なぜかセックスピストルスの「アナーキー・イン・ザ・U.K (Anarchy in the U.K.)」のリフがリピートしていた。

(そういえばアナーキーってバンドもあったな。いつだったか斉藤ミツキに『亜無亜危異都市(アナーキーシティ)』ってアルバムを聴かされたことがある。そのアルバムに収録されていた「探し出せ」って曲のイントロのベースラインが、ものすごくイカしてたんだ)

「あんまりさぁ。先生とか先輩に反抗しないほうがいいんだからね!」

 と、マレンは大きな瞳を曇らせる。

「うーん、でもさぁ。それがパンクなんだけどね!」

 ボクは、腫れあがり突っ張った笑顔で答えた。

「なにがパンクなのよ! 全然、意味わかんないんだけど! もう! ちゃんと真面目にあたしの話、聞いてるの?」

 さほど真剣に答えたつもりはないけれど、バカにされてると思ったみたくって、マレンは「ムッ」としながらそういっていた。

――――よくわからないんだけど、きっとそれがパンクなんだろうな、って、ただなんとなく思っただけさ。――――

 なにかにつけてボクたちは、いつだって理由を求められてきた。みずからの行為や選択を正当化するための大義名分。……そもそも、それが理由なんてものの本質だ。つまりは、いい訳にもなるし、欺瞞(ぎまん)や詭弁(きべん)にもなる。

―――― どうして、そんなことしたの? ――――

 子供の頃からそうやって、いつも理由ばかり問われながら生きてきたボクたちが、無意識や衝動的にしてきた行為のほとんどに、明白な理由なんてものなど存在しやしない。
 だから一番正しい理由は、

「……よくわからないけど、なんとなくそれをした」

 が、きっと正解なのだろう。

 もし、「なんとなく」のうしろに副次的な大義名分としてなんらか要素をつけ足すならば、

「面白そうだから」

「興味があったから」

「ムカついたから」

「欲しかったから」

 まぁ、そんなものいくらでも思いつく。子供たちのそんな正直な答えになんてなんの意味もない。けれど大人たちはいつだって無意味にその理由を真顔になって知りたがる。……そして最後にさらに訊く。

――――で? 本当の理由はなに? って、――――

 だから子供たちは必要に迫られて、それらしいウソを覚えざるを得なくなってゆく。いつだって理由ばかり求めようとするようなヤツらには、ボクらがなぜ、それをしたのかなんてことなど決してわかりはしないんだよ。

 もし、そんなんでいいんなら、いくらでもアンタらの目の前に、アンタらの好きそうなキレイ事を並べてやるさ。そんなふうに上手に嘘がつけるヤツらのことを、きっと正直者だとかって褒めるんだろうね。大人たちはいつだってボクらのことをわかったような振りをする。生ぬるい理想的尺度から「こうあるべきだ」って、無意味な願望のフィルターを何枚も重ね合わせ、ボクらのことを身勝手に定義付けようとする。――――




ピアノ協奏曲第5番『皇帝』第2楽章 - ベートーヴェン(演奏:フジコ・ヘミング)



【Re-Edit】 白線流し(サウンドトラックより) - 岩代太郎 【インストルメンタルな名曲】

【Re-Edit】【インストルメンタルな名曲】


白線流し(サウンドトラックより)






1983年9月13日(火)


「テメェ!」

さっき押し倒された飯島ってヤツが、怒りをあらわに起き上がるとそう叫び、正面から田代に躍(おど)りかかった。――Dt中の何人かの生徒たちが田代の制服を四方から引っ張っている。――ボクは一番手前にいたヤツの襟足をおもいきり鷲づかんだ。――が、両側から誰かに肩口を押さえつけられると、掴んだままのソイツの髪の毛を数本引きちぎりながら、うしろ向きに土の上へと引き倒されてしまう。

(あーぁ、ヤベェなぁ)

ひたすら、ひじであたまを抱え込むボクは、3人の男どもから、わき腹や胸元を蹴られたり踏みつけられたりしていた。――一度地面に倒されてしまえば、もはやどうすることもできやしない。起き上がるチャンスなんてものは、ほとんど与えてもらえやしない。

(朝、田代のことを殴ったせいで、まだ右手首が痛くってまったく使えねぇしなぁ)
そんなことを考えながら、ボクはじっとあたまを抱え、断続的に繰り返される衝撃に耐え続けていた。

そのときだ。――
地面に仰向けになったまま、田代の大きな叫び声をたしかにボクは聞いたんだ。――おもわず、声するほうを振り返る。――田代は飯島ってヤツと組み合って、何人かの不良どもを背中に抱えながらも、その視線だけは、しっかりとミチコのほうへ向けられていた。

「小山さん!」

田代は何度もミチコに叫ぶ。

「小山さん! ボクだって変われたんだ! ボクにだってやれるんだ!」

飯島が、よそ見をしている田代の大きな顔面を正面からフック気味に殴り飛ばす。

「――小山さん! ボクにだって、やろうとおもえばできるんだよ!」

殴られても、田代は決して言葉を失わなかった。――彼はただ、何度も繰り返し、ミチコだけに叫び続けている。

「――だからキミにだって、絶対できる。――絶対キミだって変われるんだ!」

「ギャーギャーうるせぇ、テメエはよぉ!」

そう声を荒げた飯島の右目尻に、田代は振り向きざま「おもいきりお辞儀をするように」、その重たいあたまを振り下ろした。ここから見ていても、その衝撃の凄まじさは十分にわかるほどだった。一瞬、力の抜けた飯島の眉間(みけん)に、ふたたび田代の巨大なあたまが、反動をつけて打ち込まれる。――

それを見て、背中に纏(まと)わりついていた不良たちも、一斉に彼の体から離れて数歩、距離を置く。田代はふたたび、うしろを振り返るとミチコに叫んだ。

「――自分で自分のことをちゃんとわかってるヤツなんて誰もいないんだ! 誰かに教えられなきゃ、誰も本当の自分になんて気づかないんだよ。――だからもし、それを教えてくれる人に出会えたならば」

あらん限りの大声を振り絞り、田代は、鎌倉の澄んだ青空へと言葉を解き放つ。

「――絶対にキミだって変われるんだよ!」

ボクは土の上に寝転びながら、ぼんやりミチコのほうへ目を向けた。ひざの上にランチボックスを抱えたまま田代を見つめているミチコのつぶらな瞳は、ただただ湧きあがる涙によって満たされている。――


ずっと夏空を支配し続けていた太平洋高気圧が弱まり、朝晩は、めっきり秋めいてしまったけれど、まだ昼間のあいだはほんの少しだけ、夏の名残りが陽射しに溶け込む。ボクはレジャーシートの上で仰向けになったまま、なんとなく、そんな霧状に白ずんだ晩夏の残照を浴びている。――

「もし、オレらがヤバそになったら大声で叫んでくれ。――『この子は、李ケンイチの妹よ』って」――

さっき、Dt中学の連中とヤり合う直前、ボクはそう、ショウカに告げていたんだ。メイの2学年上の兄貴である李ケンイチこと、通称「リケン」。――この界隈の誰もが恐れる彼の名前を出す以外、もはや収集がつかないだろうと思ってた。もしそれでダメなら仕方ないな。って、……

「さすがに、メイのお兄さんって、そっちの人たちのあいだじゃぁ超有名人なんだね。さっきの人たち、みんな本気でビックリしてたじゃん」

ショウカが嬉しそうにそういうと、メイはなにもいわずに、うっすら微笑む。
ミチコの隣に座ってる田代が、はたしてどの程度アイツらに殴られたのかまではわからなかったが、「パッ」と見たところ、多少、赤いミミズ腫れや擦り傷が、その大きな顔のなかに数ヶ所残されてるくらいで、あとは大した外傷もなさそうだ。

ボクはといえば、さんざん上から踏みつけられ、そのあいだじゅう、ずっと腹筋や上腕などに力を入れ続けていたせいで、それが打撲の痛みなのか、筋肉痛なのか、まったくわからないような鈍痛が、カラダの至るところで、「ジンジン」と疼(うず)いている。

「でもさぁ、まぁ結果は別にして、Dt中のヤツらと喧嘩しちゃうんだからさぁ。すごくカッコよかったよ! やっぱ2人とも男だよねぇ」

なんだかショウカは、ずっと嬉しそうだった。

「――シーナ君、大丈夫?」

ミチコが、レジャーシートに寝転ぶボクの顔を覗き込むようにしながらそう訊ねる。

「まぁ、大丈夫なんだけどね、オレは田代ほど頑丈じゃねぇからなぁ」

ボクは無理やり笑みをつくって、ミチコの小さな顔の向こうに広がる空の色へとつぶやいた。
そして、押し黙ったままの田代を見上げ、うっすら言葉を吐き出していく。

「お前、なにかいいたいことあるんなら、……ちゃんと自分でいえよ。小山さんにさぁ」

ボクは、さっき彼がいっていた小学校時代のサドル事件の話を、ちゃんと本人の前でいうべきだろうと思った。けれど、田代はそのことについてはあまり触れたくないみたいだった。だから、ボクもそれ以上、なにもいわなかった。

やがて田代は、違う話を重たい口調で語りはじめる。

「小山さん、――ボクね、来月、転校するんだ」

「えっ、そうなの?」

と、ミチコではなくショウカが代わりに驚きの声をあげる。ミチコは、「ハッ」とし、田代を見つめた。

「もし、今日こうしてみんなと一緒にいなかったら、――それに、さっき小山さんとも会わなかったならば、きっとこんなこと、キミにいわないままで転校しちゃったんだと思うけど、――小山さんには諦めないで欲しいんだ。『自分なんてこんなもんだ』って、勝手に自分で決めつけないで欲しい」

そんな田代の言葉にミチコは、しばらくなにもいわなかったけど、やがて小さな唇を静かに動かした。

「ありがとう、……でもワタシ、もう、いろいろ慣らされてしまってきたからね、だから、なにをされても、なにをいわれても大丈夫。だから心配しないで。――さっき、林さんも、田代君もいってくれてたけど、『ワタシが変わる』ことに意味なんてないの。今日、こうしてみんなと一緒にいれたってことだけで、ホントにそれだけでワタシは十分嬉しいんだから」

するとボクの右隣にいたメイが、柔らかなトーンでささやく。

「さっき、田代君が殴られながらいってた言葉、ミチコにも聞こえてたでしょ? 『誰かに教えられなきゃ、誰も本当の自分になんて気づかない』――たしかにそうなんだと思う。ワタシたちの心のなかにはいろんな自分が居過ぎてて、『どれが本当の自分なのか』なんて、ワタシたち自身にはわからない。『自分のことは自分が一番よくわかってる』って、いう人もいるけど、それは単に『普段、心のなかに隠してる別の顔が、自分のなかにどれだけあるのか』ってことを、ただ知ってるだけ。そのなかのどれが本当の自分なのかをわかってるわけじゃない。それを教えてくれるのはね、……その人の心のなかのほうまで、ちゃんと見ようとしてくれる誰かだけ」

メイは、細めた視線をゆっくりミチコへ向ける。

「アナタ自身は、自分がどういう人間だと思ってるの? みんなからヒドいことをされ続けられるような人間だと思ってる? そうされることが当たり前だと思ってるの? もしミチコが本当にそう思っているのなら、ワタシが間違ってたってことになる。ワタシは、アナタが誰かに嫌われるような、そんな子だとは思わない」

ミチコはうつむき、ひざの上へ「ポツポツ」と、言葉をこぼした。

「だったら、……なんでワタシはずっと、みんなから嫌われてきたのかな? なにも理由がないならば、なんでワタシはイジメられてきたの?」

「そもそもイジメられることに理由なんてものはないの。もしあるとすれば、イジメる側の理由。――ただそれだけ。……シーナ君は違うけれど、ワタシを含む、ここにいるほかの4人は、それぞれの些細な理由によって、幼い頃から、そういう辛い思いを心のなかに受け入れ続けきた。けれどそんな理由にしたって結局は曖昧なもの。――人は誰に教わるわけでもなく、小さな頃から残酷な感情をすでに持っている。つまり人は、生まれたときから、わがままで残酷な生き物なんだってこと。――強いていうなら、それがイジメる側の理由」

メイは、静かな口調でそうささやく。

「じゃぁ、……なおさらワタシになんて、どうすることもできないよ、……」

と、ミチコは、儚(はかな)げに口ごもる。――メイはその声を瞬く間に否定した。

「いえ、――ミチコのために誰かと戦ってくれる人が、この世にひとりでもいたってことに気づけただけで、――たったそれだけのことでも、アナタにとってはいままでと、なにもかもが違うはず。もし、そういう人が誰ひとり、いままでまわりにいなかったとするなら、なおさらのこと。……シーナ君にせよ、田代君にせよ、さっきはミチコのためだけに戦っていたのよ。それがなぜだかわかる?」

ミチコは顔を上げ、メイを見つめた。ボクにもメイがいおうとしているその答えがわからなかった。メイは口元に穏やかな笑みを浮かべ、そして優しく言葉をつむぐ。

「田代君はね、すでにもう、ずっと前から『本当のアナタ』がどんな子なのか、ってことに気づいていたから。――そしてシーナ君はね、……いずれはそのことに気づける人だったから」

まるでドングリのようにつぶらな瞳で、ミチコはメイを見つめ続けている。――メイは、静かに言葉をささやき続ける。

「それからね、……なにより2人とも、本当に優しい人たちだったから。――そんな小さな優しさがひとつ生まれるとね、だんだん大きくなって、やがて自然とアナタのことを変えていってくれる。ううん、……アナタ自身も変わっていくけれど、アナタのまわりの風景が、そういう小さないくつもの優しさによって知らず知らずに変えられていくんだと思う。どれだけ残酷な現実であろうとも、優しさにだけは絶対に敵わないもの。……そして、アナタはその優しさを得ることができたんだと思うの」

「ワタシが、……優しさを得ることができた?」

ミチコは、レジャーシートで仰向けになっているボクのほうへと、まず視線を落とし、そして隣に座る田代の横顔へと目を向けた。メイはそんなミチコを優しげに見つめたままでいう。

「――ワタシやショウカはね、それを得ることができなかった。――ワタシたちは、そんな優しさを得る前に、歪んだ別の力によって守られてしまったから。――だから、ワタシたちの心は、小学校のときからずっと変わることができないままなの。……だから『本当の自分』を、いまだにワタシやショウカは知らないままなの。……けれどミチコは違う。アナタは、そうしたいくつもの優しさによって、いずれ『本当の自分』に気づくことになると思うの。たぶんね」

きっと、ボクにもミチコにも、メイがいった言葉の意味など、あまりよくわかってなかったんだろうと思う。そんな実感などまだ、はっきり得られることなどできなかったんだ。――そう、このときはまだ。――

ふと、ショウカがつぶやいた。

「アタシの台湾のおじいちゃんがね、むかし、いってたんだ。『男がこの世に生まれてきた理由はただひとつ、命を賭けてあらゆるものから、か弱き女性を守るため』って、……それって、『なんだか女性蔑視じゃん』とか、『それって戦争中の話でしょ』って、ずっとバカにしてたけどね、でもさぁ、いわれてみればその言葉ってなんとなく、すごいカッコいい気がするよね。――さっき2人がアイツらと戦ってたときってさぁ、ミチコのことを必死になって守ろうとしてるようにしか見えなかったもん。――うん、……あれは絶対、アタシやメイのことを守ってるんじゃなかったわよねぇ。田代君なんか、特に、ね」

ショウカにそういわれ、田代は、岩のような顔のなかに少しだけ恥ずかしそうな表情を浮かべた。

(男がこの世に生まれてきた理由、――)

しばらくは、そんなショウカの言葉がなんとなく、こころのなかで響いてた。

たしかに、ボクはさっき思ってたんだ。

(これ以上、ミチコから小さな喜びを奪うな)

って、――それが、メイのいう優しさなのかどうかはわからない。けれど、あのときのボクには、それ以外の感情なんてものはなかったような気がする。まぁ「命を賭けた」ってほどではないけれど、それなりにカラダを張ったのは確かだろう。

それにもし、力強い確信に満ち溢れたさっきのメイの言葉が正しいとするならば、ボク自身が気づいてないだけで、「小山ミチコの心のなかまで、ちゃんと見ることのができる優しさを持っていたから、彼女のことを守ろうとし、さっきDt中のヤツらと殴り合った」ってことになる。

ボクにはあまり実感などないけれど、きっとメイのいう言葉に、間違いなんてないんだろうなって、なんとなく思える。いつだって深い哀しみ色を宿している彼女の瞳は、これまでいろんな人からさんざん裏切られ、人間がひた隠しながら心に備え持つ残酷な側面ばかりをずっと見つめ続けてきたような、――なんだかそんな気がするんだ。そして、そんな彼女自身、幼い頃からずっと誰かの優しさに焦がれ続けてきたんだろうなって思うんだ。

――ボクはレジャーシートから上体を起こすと、つぶらな瞳に涙を潤ますミチコのほうへ笑いかけた。

「そういえば、いい忘れる前に、ちゃんといっとかなきゃね。――『御馳走さま、お弁当、美味しかったです』ってさぁ、小山さんのお母さんに伝えといて。――」

黙ったままでボクの目を見つめ返したミチコは、ただ一度だけ、「コクッ」っと小さく頷く。――そして、口元に微(かす)かな笑みを浮かべた。

ボクは、ゆっくりメイのほうへと視線を向ける。――メイは秋色に揺らめく鎌倉の風のなか、その身に纏(まと)う、冷たいほどのせつなさを、少しづつ溶かしていきながらボクを見つめて微笑んでいた。






【ALOHA STAR MUSIC DIARY / Extra Edition】




【2012.05.02 記事原文】

まぁ。
当然ながら、いくつか名作と言われているドラマは御座いましょう。

ちなみに・・・
ボクが名作だなぁ~と思うドラマって、決まって設定が「冬」だったりする。
※「BEACH BOYS」は別物ですが・・・

ドラマや映画の場合、ストーリーに寄り添うBGMの果たす役割は実に大きい。
もし音楽がダメだと、シーンそのものの世界観が壊れてしまうからだ。


そんな中で最も印象に残っているドラマが『白線流し』。。。


丁寧に作りこまれた脚本も無論良いのだが、何よりも松本市を舞台とした
冬独特の「静けさ」や「空気感」が見事に演出されていたからであろう。

また、主題歌であるスピッツの「空も飛べるはず」もさることながら、
ドラマ音楽を担当した岩代太郎氏の、繊細な風景描写をそのまま
音にしたかのようなBGMがものすごく秀逸だった。


そんなドラマ「白線流し」で挿入されたBGMが2(3か?)曲セットになっている
お得なパッケージを見つけました☆

どちらの曲も、ドラマ内で多く描かれた「冬の夜のシーン」を
思い起こさせる名曲だと思います。


白線流し(オリジナルサウンドトラックより) - 岩代太郎




【Re-Edit】 Soleado - Daniel Sentacruz Ensemble 【インストルメンタな名曲 】

【Re-Edit】【70年代インストルメンタルな名曲】


Soleado






1983年10月30日(日)

小山ミチコは、海に向かって小さな声で語り始めた。

「小学校4年のときにね。ずっと欲しかった自転車を誕生日に両親から買ってもらったの。そのときワタシ、本当に嬉しくてね、ライトをつけながら夜遅くなるまで、毎日家の前で、ずっとその自転車に乗り続けてた」

少しだけ深呼吸をして、ミチコは続ける。

「それから一週間くらいしてからね、庭に置いてあったはずのその自転車がなくなっちゃってたの。ワタシ、どうしても諦められなくて、学校から帰ってきてから、毎日いろんな所を捜したんだけど、……でも、どうしても見つからなかった」

そうつぶやいたミチコの下瞼に、ふたたび薄っすらと涙が浮かび上がる。

「――それから数日して、小学校の裏庭でね、ワタシの自転車が見つかったんだけど、ハンドルも折れて、タイヤのなかにいっぱいある金属の棒とかも全部曲がっちゃっててね、それから座るイスも、なくなってた。……その日の放課後、担任の先生から職員室に呼ばれてね、『自転車のうしろに名前が書いてあったので持ち主がわかった』、って、先生はそういってた。そしていきなり、ワタシに訊いてきたの。『本当は、小山があそこに自転車を置いて帰ったんだろ?』って、……『きっと、自転車に乗ってるときに自分で壊しちゃったんだろうけど、そのことを両親にいうのが怖くなって、学校に置いていったんだろ?』ってね、そうワタシにいったの」

大粒の涙が、手すりの上へとこぼれ落ちてゆく。

「しばらくしてから、職員室にお母さんがきてね、ワタシ、……そのとき、お母さんに助けてもらおうと思ってた。だから、おもわずお母さんにね、『ワタシがやったんじゃない!』って叫びながらしがみついたの。……でもね、お母さんはワタシの顔を、しばらくじっと見つめると、無言のままで、おもいっきりワタシの頬を叩いた。――それからね、『自分で壊したくせに、盗まれたなんてお母さんにまで嘘ついて、恥ずかしいと思わないの? 早く先生に謝りなさい!』って、怒りながらそういったの。ワタシね、それ以上、お母さんにはなにもいえなかった。なにもいえずに泣きながら、ただ先生に謝ってた。そのとき、誰がやったのか、なんとなくワタシにはわかってた。――だって、いつも教室で男子生徒からいわれてるのと同じような悪口がね、自転車のカバーとかにマジックで書かれてたから」

そういうと、細い両手の指先で小さな顔を覆い包んで、ミチコは泣き始めた。ボクはただ、ミチコの指先を伝う涙の行方を見つめるしかなかった。

「本当にワタシがやったんじゃないのに、……あんなに大切にしていた自転車をワタシが自分で壊すわけなんてないのに、……誰もワタシのいうことなんて、――」

「――わかってるよ」

彼女が震わすその涙声に、ボクは言葉を重ねた。

ミチコは、一瞬「ハッ」となって、その指のあいだからボクを見つめる。

「小山さんがさぁ、嘘をつくような人じゃないことなんて、そんな話を聞く前からオレにはわかってるよ。……と、偉そうにいっても、まぁ、オレ自身、こうしてまともにキミと話すのって、今日がはじめてなんだけどね。でも、もし、いままでキミのことを信じてくれるヤツが、本当にひとりもいなかったんだとしてもね、――」

ボクはミチコの肩に軽く触れた。そして、そっとつぶやく。

「オレは信じられるよ、今日、はじめて小山さんのことを知ったんだとしても、オレは小山さんのことを信じる。……それから、その日のキミの言葉も、ね」

ミチコはうつむいたまま涙を拭い、やがて、ほんの少しだけ口元を微笑ませると、ボクを見つめて海風へ静かに言葉を溶かしていく。

「――ワタシね、ずっと誰かにその想いを伝えたくって、……『あの日、自転車を壊したのは本当にワタシじゃない』って、ずっとね、そのことを、ずっと誰かに信じて欲しかったの。……でも結局、誰もいなかった。小学校のときも、中学に入ってからもね、ワタシの話を聞いてくれる人なんて、いままで誰もいなかったの、――」

しばらくすると、デッキへと続く階段を幼稚園児くらいの子供たちが、先生に引率されながら上がってくるのが見えた。ボクは話題を変えようとし、ミチコのほうを振り返った。
――そのとき、ボクは本当に驚いたんだ。

小さなその子たちを見つめるミチコの微笑みが、あまりにも清らかだったからだ。まるでルネサンス絵画で描かれているマリアのように、その微笑は心から湧き上がる純真さに満ち溢れていた。
子供たちがデッキの通路を一列になってボクらのほうへと歩いてくる。ミチコは、優しい笑顔を彼らに注ぎながらつぶやいた。
「――ずっとね。保育園の先生になりたかったの。ワタシ、ひとりっ子だったんだけど、妹が欲しくって。だから余計にそう思うのかもしれないけど、小さい子供がね……むかしからすごく好きだった」
やがて子供たちがボクらの前を通り過ぎようとしたとき、ひとりの女の子がミチコの顔を見上げながら、

「お姉ちゃん、泣いてるの?」

いきなりそういうと、
「これあげる」
と、キャンディーを差し出した。
「えっ、ワタシにくれるの? ありがとう」

ミチコは嬉しそうにキャンディーを受け取り、その女の子のことを見つめた。すると、うしろの列にいた子供たちも、みんなミチコにいろいろと話しかけ始めたんだ。ミチコは彼らと目線を合わせるようにかがみ込み、手をつないだりあたまを撫でたりしていた。子供たちも彼女の背中にしがみついたり指先を握ったりしていた。
そこにはもう、いままで教室でひたすらイジメに耐え続けていた彼女の姿などは微塵も存在していなかった。ボクはなにもいわずに、そんな彼女の横顔を眺めていた。――

するとミチコのつぶらな瞳の奥に留めていたはず涙が、そっと一粒こぼれ落ちた。そしてもう一粒、――ミチコは、おもむろに立ち上がると、手すりに顔を押し付けるようにし、小刻みに肩を震わせ始めた。揺れ動く彼女の細い背中を見つめ、子供たちはキョトンとしたまま、やがて申し訳なさそうに手を振りながら去って行った。
手すりに額を押しつけながら、ミチコは小さな声でつぶやく。
「ダメだね。子供たちの前で泣いちゃうなんて、……こんなんじゃ、やっぱりワタシ、保育園の先生になんて――」

「――大丈夫だよ」
ボクはその言葉を遮る。

「きっとキミならば、素敵な保育園の先生になれると思う。だからさぁ、もっと自信を持ちなよ。キミはもっと笑ったほうがいいよ。笑ってるほうがさぁ、全然いいと思う」
ミチコは、泣き顔のままボクの瞳を見つめる。ボクは、静かにつぶやく。

「だって、あれだけキレイな笑顔を見せられるんだからさ。勿体ないよ。もっと笑わなきゃ」

ミチコはボクを見つめながら、ほんの少しだけ、さっきの清らかな微笑みを口元に浮かべた。――




【ALOHA STAR MUSIC DIARY / Extra Edition】


【2012.04.03 記事原文】


Soleado
↑ 別Ver.

本日は、インストルメンタル系の名曲を少々ご紹介しましょう♪
まずは、某バラエティ番組のエンディングでカヴァー?され、
その美しいメロディが幼いボクの心を奪った
ダニエル・センタクルツ・アンサンブルの「Soleado」です♪


確か、このアルバムは家にあったはずだが、
ここでリンクしてるver.はカヴァーものですね。

まぁ、いくつかのカヴァーver.があるみたいですが・・・
オリジナルも含めて、好きなものをお探しください。

ちなみに。。。
ダニエル・センタクルツ・アンサンブル関係は、
どうやらCD化はされてないようです。
yOUTubeで落とすしかないようっすねぇ。



Soleado - ダニエル・センタクルツ・アンサンブル
『Soleado(哀しみのソレアード)』1974年

【RE-edit】 春の野を行く - 村松健 【インストルメンタルな名曲】

【RE-edit】 【インストルメンタルな名曲】

春の野を行く







1983年9月6日(火)

中学3年になってから、ずっとなんとなく気にはなっていたんだ。

窓際のほうの席に座って、静かに海を見つめている少女のことを、――

クラスメイトになってから、すでに数ヶ月が経つというのに、ボクはいまだに教室で一度も彼女と話したことがない。羽衣のように透明で、せつないほどに孤独なオーラを身に纏(まと)う、その少女の名前は「李メイ」といった。

まるで氷のように青白く孤独色した情感を、絹糸の香水でも振り撒くようにし、メイは、いつだってうっすらと、みずからの周辺に漂わせていた。その冷たさは絶えず均一に保たれていて、時折、彼女が微笑んだとしても、氷晶の灯火のような、その危ういほどの儚(はかな)さが、平凡な日常の空気と交わることなどは一度もなかった。けれど、いつしかボクは惹かれていたんだ。知性にも思えるような、そんなメイの哀しげな冷たさに――


1984年2月6日(月)

きのうまで、快晴だったこの街を、仄(ほの)かに白い雪が舞う。普段、教室ではかけてない銀色の眼鏡のふちを左手の人差し指で少し上げ、いまさっきボクが弾いたピアノの旋律を、ずっとメイは楽譜に起こし続けている。彼女の真剣な眼差しを、時折、横目で見つめては、ボクはふたたび窓の向こうの北風に目を向ける。

もしかしたら気遣っているのだろうか? 
広い音楽室の、前方の窓際に置かれたグランドピアノの前に、こうしてボクたちが2人並んで座っているだけで、ほかの部員たちの姿は見当たらない。いつもは、この場所で練習している吹奏楽系の音楽部の生徒たちも、どうやら部長の細野にいわれたらしく、今日だけは体育館で練習しているようだ。あの倉田ユカリでさえも、隣の音楽準備室から、まだ一度も顔を覗かせてはいなかった。

おもえば去年の9月、たまたま帰り道で一緒になったユカリに誘われ、ボクは、はじめてメイの家へ行った。――そして、なぜかピアノを弾かされることになったんだ。

あのときのボクの心は、マレンに贈った曲の旋律のなかへと溶け入って、知らずに彼女の面影を辿っていた。やがて、マレンが嬉しそうに心のなかで微笑んだとき、指先は鍵盤の上で「ピタリ」と動きを止めたんだ。――

ユカリやメイと会った日から、半年近く過ぎている。けれど、それまで過ごした2年半の学校生活と、あの日以降、過ごしてきた濃密な日々とでは、「まったく別の人生を歩んでいるのではないか?」と、いった錯覚すら覚えてしまうほどに、……それくらい、ボクという実体そのものをはじめとし、日常をつかさどる、ありとあらゆる構成因子が、劇的なまでに変化していったのだ。

「なんか、考えてみれば、こうして李さんと2人きりになることって、おとといまで、ほとんどなかったんだよね」

ボクの誕生日でもある、おとといの夕方、音楽準備室でボクはメイと2人きりで会っていた。そして、柔らかく射し込む夕陽のなかで、そのときはじめて彼女から告白のような言葉を聞いたのだ。

メイは譜面を書く指先を止め、静かに振り向くと、

「いわれてみれば、たしかに、……そうかもしれないわね」

と、いって、眼鏡のふちを少し上げながらボクの右側でささやく。

「まぁ、いつも倉田さんが一緒にいるからね。あっ、別に悪い意味じゃなくってさ」

ボクはそういいながら、鍵盤を軽く押さえた。

メイは「フフッ」っと、小さく笑い、そして小声でささやいた。

「ユカは、シーナ君のこと大好きだからね」

「えっ?」

ボクは、おもわずメイを見つめる。

メイは眼鏡を外し、瞳を細めて窓の外を眺めた。

「まぁ、ユカの場合は、恋愛感情というよりも、信頼っていうような感じなんだと思うの。ユカはね、シーナ君のことを心から信じているから」

メイは、灰色の北風に揺らぐ細雪(ささめゆき)を見つめ、そうつぶやくと、ボクのほうへ、その涼やかな視線を向けた。

「シーナ君はね、自分では気づいていないかもしれないけれど、まわりのすべての人に対して、同じくらいの思いやりを持っている人なんだと思う。だから、きっと、みんなシーナ君を信じてついてきたんだと思うの」

メイは、ボクを見つめたまま、さらに続けた。

「多くのひとがね、ひとつの目的に向かうためにはどうしても必要なものがある。きっとそれはね、疑うことなく『その目的が正しい』って、みずからが信じる気持ちと、そして、なによりも『その目的が正しい』ってことを、信じさせてくれる誰かの存在なんだと思うの」

「みんな、オレのことなんて信じてるのかね?」

と、ボクは、少しだけおどけながらいう。

メイは、微笑んだままつぶやいた。

「ワタシにはね、ずっと前からわかっていたの。まだシーナ君と一度も話したことのないくらい、ずっと前から、ね。たぶんユカから聞いたことあるんでしょ? 『いつも自分のことよりも、誰かのことを考えているみたいな人』――そうワタシがいっていた、って」

――ずっと気にはなっていたんだ。「どうしてメイは、そう感じたのだろうか?」って、ことを。

「オレって、なにかしたっけ? 李さんが、そういうふうに思うようなことなんて」

ボクは、おもわずメイに問いかけた。

「シーナ君は、全然覚えてないかもしれないけどね」

メイは、また少しだけ笑って、最後にこういったんだ。

「一度も話したことなんてなかったけどね、でも、教室で何度もワタシたち、目が合ってたんだよ。一瞬だったけどね。――そのとき、ワタシを見つめるシーナ君の目がね、なんだかすごく優しかったの。まるでワタシのことを優しく心配してくれているみたいに感じられたの。――本当に優しい人っていうのはね、いつだって心で何かを見つめようとする。だからね、その人に見つめられただけで、その人の心のなかが少しだけわかる。その人がなにもいわなくても、『なにを思ってるのか』ってことがね、言葉以上に相手には伝わるものだと思う」

窓の外の雪は、少しだけ大きな結晶となって、中庭へと静かに降り積もってゆく。メイに寄り添うようにして、少しだけ恥らいながら、ボクはふたたび鍵盤を押さえ始めた。



【ALOHA STAR MUSIC DIARY / Extra Edition】




【2012.04.23 記事原文】

だいぶ昔のCMで、シンクロの小谷実可子さんの美しい演技をバックに流れた曲が、
この村松健氏の「春の野を行く」でしたね。


※まぁ、あまりウエディングで使える楽曲ではない・・・ですがね・・・
一応、「両親の感謝の手紙~」の候補曲でした(笑)


単純なメロの繰り返しなんですが、刹那さがものすごく心に伝わってきます。



春の野を行く - 村松健
アルバム『夏のぽけっとに』 1986年




Masterpiece of the Western music of the 70s/70年代洋楽の名曲
If you want to cry/泣きたいとき
If you want to be healed/癒されたいとき
Drinking alcohol/お酒を飲みつつ
While driving/ドライブしながら
If you want to Fever/血が騒ぐ
Masterpiece of the Western music of the 80s/80年代洋楽の名曲
80's Ballard masterpieces/80年代バラードの名曲
80's Rock masterpieces/80年代ロックの名曲
80's Pops & AOR masterpieces/80年代ポップスの名曲
70's Dance masterpieces/70年代ダンス系の名曲
Masterpiece of the Western music of less than 70s/70年代未満洋楽の名曲
Less than the 70's classic Ballad/70年代未満バラードの名曲
Less than the 70's classic Rock/70代未満ロックの名曲
Less than the 70's classic Pops & AOR/70代未満ポップスの名曲
Masterpiece of the Western music of more than 90s/90年代以上洋楽の名曲
Ballade more than of the 90s/90年代以上バラードの名曲
Rock more than of the 90s/90年代以上ロックの名曲
Pops & AOR more than of the 90s/90年代以上ポップスの名曲
90's Dance masterpieces/90年代ダンス系の名曲
Masterpiece of the Japanese music/未来に残したい日本の名曲
Dedicated to sweethearts/恋する二人に捧ぐ
Spend the night with sadness/悲しみと共に過ごす夜
Nostalgic feelings/ノスタルジックな想い
In the room which shines with the morning sun/朝日が差し込む部屋で
While looking at the setting sun in a hotel/夕陽が見えるホテルで
Memories of youth/若かりし日々の思い出
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If you want to feel the Rock/かなりRockな気分
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【 Artist W 】
The Wailers
Wang Chung
Was (Not Was)
Wishbone Ash
The Who

【 Artist X 】

Group / Duet 【 Y ・ Z 】
【 Artist Y 】
Y & T
Yazoo
Yes

【 Artist Z 】
ZZ Top



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