【Re-Edit】【80年代洋楽バラードの名曲】
Wind Beneath My Wings1983年9月13日(火)
ボクの隣のベンチでは、ミチコが破れた田代の制服を一生懸命縫い合わせている。田代は、ミチコの細い指先を、ただぼんやり見つめていた。
ふと、ショウカが訊ねる。
「あっ、そういえば、メイがいつも一緒に帰ってる車椅子の子って、今日って鎌倉にきてるの?」
メイは一瞬、間をあけて、やがて静かな口調でささやいた。
「ユカはねぇ、結局こなかったの。『同じグループの人に迷惑がかかるから』って、遠慮して」
「ふぅ~ん、そうなんだ。でもさぁ、もしアタシたちと同じルートを、その子が一緒にきてたんなら、ほとんどの場所に行くことができなかったかもね。だって、そもそも鎌倉なんて石段と坂道ばっかだし、それに建長寺の山の上になんて、車椅子じゃ絶対に行けなかったでしょ?」
と、ショウカはさらりといった。メイはなにもいわず、口元に小さな笑みを浮かべた。
(そういえば今年の夏、マキコと盆踊り大会に行った日、寂しそうにメイを待ってたその車椅子の女の子を見かけたな。たしかにショウカのいうとおり、今日、ボクらと同じルートをその子が辿ったとすれば、彼女はほとんどの場所を見てまわることなんてできなかったろう。
もし彼女と一緒なら、きっと段差のないようなお寺ばかりを選ばなきゃいけなくなるんだろうな。――けど、そんな場所なんてあるのか? 京都に修学旅行へ行ったって、たぶん同じことになるんじゃないかな、――彼女は、ちゃんとみんなと一緒に行動できるのだろうか?)
「これでいい?」
ミチコは縫い終えた制服を田代に手渡す。
「あっ、ありがとう」
それを受け取ると、田代が恥ずかしそうにお礼をいった。
ボクは、ふと思い出す。
「あのさぁ、そういえばね、結局、お前がDt中のヤツらに取られた金って、取り返せないままで終わっちゃったじゃん。そう考えると、なんとなくオレって殴られ損な気がするんだけど気のせい?」
相変わらず目つきの悪い視線をボクのほうに向け、田代は、
「あぁ、なんだか悪かったね。意味のない喧嘩をさせてしまって」
と、申し訳なさそうにつぶやく。
するとメイが穏やかな口調で、そんな田代の声をやんわり否定した。
「暴力がいいことだとは思わない。――けどね、ワタシは今日、2人が喧嘩したことに意味がなかったなんて、ぜんぜん思わないの。――ショウカのことを助けるために、そしてミチコの尊厳を守るために、シーナ君も田代君も、たった2人であれだけの人数を相手に戦ってた。『勝てやしないかもしれない』っていう、怯えた素振りなんていっさい見せず、誰かのことを、……その誰かが持ってるものを守るため、必死になって戦っていたことに意味がないわけなんてない。お金を失ってしまうことよりも、遥(はる)かに大切なものをね、きっと2人は守ろうとしたんだと思う」
ボクは、メイの横顔に目を向ける。
田代はしばらくうつむいていたが、やがて顔をあげ、ミチコを見つめた。
「小山さん、――いままでなにもしてあげられなくて本当にゴメンね。……小学校のときから小山さんがイジメられてるのを毎日ずっと見てきたくせに、ボクにはキミを助けてあげることができなかった。……自分を守ることばかりで精一杯だったんだ。だけどね、自分では絶対にできないだろうなって決めつけていたことを、やってみたら今日、ボクにはできたんだよ。――なんで、いままでそれをしなかったんだろうって、思うけど」
そういうと田代はボクのほうへと目を向け、さらに語り続けた。
「ボク、ようやくわかったんだよ。――『ずっとひとりだったから、なにもできなかったんだ』ってことを。……でも、さっきシーナがたったひとり一緒にいてくれただけで、ものすごい勇気を得ることができたんだ。不思議なくらい安心できたんだ。――
ボクはもう、来月にはこの学校から転校してしまうけど、でも、ここにいるみんなは、これからもキミと一緒にいてくれるんだって、なんだかボクは信じられるんだ。今日、みんなと一緒にいて、なんとなくそう思えたんだよ。だからキミにもね、勇気を持って欲しい。難しいことかもしれないけれど、……いままでの自分を大きく変えていこうとするための勇気を、小山さんにも持って欲しいんだよ」
ミチコは黙ったまま、つぶらな瞳で田代が吐き落としてゆく言葉を見つめ続けていた。
静かに暮れる秋空を覆った葉々の透き間からこぼれ落ちてく、まばらな陽射しを浴びながら、メイは瞳をうっすら細め、静かに唇を動かした。
「大丈夫、きっとミチコは変わっていける。――アナタの心の優しさが、やがていろんな人の優しさを引き寄せていくんだと思う。さっきミチコも感じたでしょ? ずっと感じることさえも許されなかった希望を、ふたたび抱かせてくれる優しさが、すぐそばにあったんだってことを、――田代君たちがね、さっき守ってくれたんだよ。――きっとアナタが失くしかけていた、幸せを願おうとする心、そのものをね」
ミチコは、天然カールの黒髪に西陽をほんのり浮かびあがらせ、小さく頷き、そっと指先で涙を押さえた。――
ボクは、田代の肩を指で突っつき、笑いながらいった。
「やっぱ、いいヤツなんじゃん。お前って。――でもさぁ、ちゃんと返せよな。オレが貸した2000円は! オレはお前や林さんとは違って、金持ちのボンボンなんかじゃねぇんだからな」
口元を微笑ませ、田代は小さく頷いた。そしてつぶやく。
「さっき半増坊でアイツらと喧嘩し終えたあと、李さんのいってたことが、なんとなくボクにもわかるような気がする。シーナ、――お前はさぁ、たぶん、誰かが心に隠し持つ、本当の顔に気づいてやることができる人なんだと思う。そして、その誰かが本当に苦しんでるときは、絶対その人のために、なにかをしようとするヤツなんだろうってね」
【ALOHA STAR MUSIC DIARY / Extra Edition】
【2012.03.21 記事原文】
女優としても高い評価を受けているベット・ミドラー。
彼女が出演した映画『フォーエバー・フレンズ』のエンディング曲
「Wind Beneath My Wings」です。
映画の一番ラストで、親友と出会った頃に2人で撮った写真が映るのだが…
いやいや。。。泣けました。。。
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Wind Beneath My Wings - ベット・ミドラー サウンドトラック『Beaches: Original Soundtrack』 1988年
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