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【ALOHA STAR MUSIC DIARY No.17】 スピッツの名曲特集 ~その3~

【ALOHA STAR MUSIC DIARY No.17】 スピッツの名曲特集 ~その3~





前々回のお話

前回のお話



ボクは「夭折」に憧れを抱いていた。

20代で死んでいった多くの偉大なロックミュージシャンたち。
大抵の場合は事故かドラッグの過剰摂取が原因だ。

ドラッグやアルコールに蝕まれていく彼らの姿が
何だかすごく格好良かった。

別に早死にしたい訳でもない。
でもそれならそれでもいいと思ってた。
きっとそれがロックなんだろうと素直に思ってた。

ボクは その生き様を誰かに見せるために生きてる訳じゃない。
何かをするために生きてる訳でもない。

いつも生きるために何かを求めてばかりだ。
誰かを求めてばかりいる。

何のために生きてるのかを教えてくれた人など誰もいない。
誰かのために生きている訳でもない。

ボクらが絶望的な孤独の檻に閉じ込められたとき
そこから見える最初の光ってなんだろうか。




夢じゃない
4thアルバム『Crispy!』 1993年







1983年7月


その日の夜 さっきマレンから電話があったと母親が言った。

ボクは一旦 2階の部屋へと上がり
胸のボタンを2つ失くしたYシャツをソファに脱ぎ捨てた。
鏡を覗けば 胸元にはミミズ腫れの筋が何本も出来ていた。

ついさっきまでボクは隣街の中学の連中と一緒だった。
学校帰りに いつも溜まり場となっているヤツの家へ行ったんだ。

マレンは放課後 ボクのことを校舎の玄関脇で待ってたんだけど
彼女に今日は予定があると告げると

「え~っ。また今日も行くの?」

彼女は独り言のようにしてそう呟きながら
しばらくはボクの顔を何度か横目で見ていたが
やがてゆっくりと駅のほうへと歩き出した。

すごく寂しそうな彼女の後ろ姿を
ホントは追いかけたくなったんだけど
ボクは彼女をそのままひとりで帰した。

最近の彼女の笑顔は以前とちょっとだけ違って見える。
ホントに嬉しそうに笑っていた
かつてのマレンのものではないような気がする。

彼女のお母さんの具合があまり良くなっていないこともあるだろうし
鎌倉のおばあちゃんの家に馴染みきれてないのもあるのかな。

彼女にとって それまで予想もしてなかった急激な生活の変化が
知らずに彼女自身をも変えてしまっているんだろうと思う。
きっと今の彼女は それまでに経験のない深い孤独を感じてるんだろう。

そのことに気付いていながらも ボクは彼女をひとりで帰してしまった。
変わってしまったのはボクのほうなのかもしれない。


ボクらの答えが大人が出す答えと全く違う訳でもない。
正しい答えは きっとひとつだけなんだろう。

その答えを大人だから選べないときもある。
子供だから余計に選べないときだって・・・
たぶんきっとあるんだと思う。



連中の溜まり場には いつものタバコの匂いと
それを覆い尽くすかのようにしてシンナーの刺激臭が満ち溢れていた。
ヤニで変色したカーテンを閉め切った薄暗い部屋の中には
今まで見たことのないヤツらも何人かいた。

おそらくは連中の先輩だということは
彼らの言葉遣いから何となく察することが出来た。

「これ純トルじゃねぇケドさぁ。ラッカーも結構美味いからよぉ」

ビニール袋に半分顔を突っ込んだままで完全にラリった先輩たちの眼には
ほとんど精気など感じられなかった。



「カミュ君が帰ってきたら電話して欲しい」

そうマレンが母に伝言を頼んでたようなんで
パーカーとスウェットに着替え終わるとボクはすぐ彼女に電話を掛けた。
ボクも ものすごく彼女と話がしたかった。
何よりも 今日彼女を駅まで送っていかなかったことを謝りたかった。

そういえばボクは今まで彼女に謝ったことなんて一度もない。

2、3回掛け直してみたけれど ずっと話し中の状態で繋がらない。
ものすごく彼女に伝えたいことがあったんだけど
何だか急にカラダが疲れてきたので
それ以上は その夜電話を掛けなかった。

ボクは眠りに就くまで ずっと彼女のことをあたまに想い浮かべた。
最近はあまり無かったけど ちょっと前まではいつもそうだった。


いつだったか。。。
家族と車で出掛けたときに窓から見たような見知らぬ街の風景のなかに
彼女と一緒に暮らしているボク自身を思い描いた。

誰にも知られていないような その田舎町で
ボクらはささやかながらも 小さな生活を楽しんでいる。

もし2人しかいない世界のなかであれば
ボクらはいつだって一緒にいることが出来るんだ。

やがて眠りは ボクらだけのこの世界を徐々にモノクロのフィルターで覆いはじめる。
ボクも彼女の姿も 薄められた墨汁色のフィルターを何枚も上から重ねられるようにして
ゆっくりと奥のほうへ消えていった。



ロビンソン
6thアルバム『ハチミツ』 1995年






翌日 マレンは学校を休んだ。

ボクはちょっと心配になり学校から帰るとすぐ
昨夜繋がらなかった鎌倉の家に電話を掛けた。
しかし何度か掛け直してみたんだけど誰も出なかった。

呼び出し音が繰り返されるたびに
小さな不安がひとつづつ増えていった。

なんで昨日もっと電話しなかったんだ。

今になってそのことをすごく悔やんでいた。
受話器を持つ右肩が ものすごく痛んだ。


去年のクリスマスの夜。
もうすぐ日付が変わろうとしていた彼女との別れ際のシーン。
マレンがすっとボクに手を振っていたそんな姿が急に思い出される。

眼を閉じると ボクに手を振り続ける彼女がずっとそこにいた。
ボクはなかなか眠ることが出来ずにベッドから起き上がった。

制服の内ポケットからセブンスターを取り出し
押し潰されて平たくなったタバコを咥えて火をつける。
そして床に転がっていたヘッドホーンを拾い上げ耳に当てた。

レコードプレイヤーにはマイケル・シェンカー・グループが
去年リリースしたアルバム「Assault Attack(黙示録)」が
入れっ放しのままになっていた。

アンプのボリュームを上げてからレコード盤に針を落とす。
しばらくチリチリと埃の音がした後
1曲目の「Assault Attack」が流れてきた。



連中も先輩から手渡されたC瓶からコーヒーの空缶に
自分たちで少量づつシンナー注ぎ込み それを吸い始めた。
部屋の中には 眼が痛くなるほどに強烈なシンナーの匂いが
急激に充満していった。

「おめぇもやれよぉ」

しばらくすると 隣にいた坊主頭のヤツが吸ってたコーヒー缶を手渡された。
ボクはそれを口にし 少しだけ吸い込んだ。

缶の縁に溜まっていたシンナーが唇に付くとものすごくシビれた。
鼻から特有の強力な接着剤に似たような臭気が抜けていく。
しばらくは鼻の奥のほうにその匂いが残り続けた。

ボクはもう要らないと言って坊主頭に缶を返し
胸ポケットからセブンスターを取り出した。

みんな黙り込んで大人しくシンナーを吸い続けている。
普段あんなにウルサイ連中がこんなにも静かになるものなんだな。

もしタバコに火をつけたら引火とか爆発とかしないんだろうか?
そうは思ったけど関係なくボクはタバコに火をつけた。

古いラジカセからはアイドルの歌が
さっきからずっとひっきりなしに流れ続けている。

最近はこんな曲が流行ってるんだ。


先輩のひとりだろうか。
ほとんど呂律の回らない口調で言った。

「おめぇら だれか女呼べよ。つまんねぇよ」

声がフニャフニャしてて良く聞き取れなかったが
たぶんそう言ったんだろうと思う。

ラリった後輩連中は最初 その声には全く反応しなかった。
すると いきなりその先輩は近くにいた後輩のわき腹を
座った姿勢のままで横から思いっきり蹴っ飛ばした。

後輩は しばらくうずくまって呼吸が出来ないようだった。

「てめぇらよぉ。ナメてんじゃねぇぞ。こらぁ」

「スンマセン・・・」

小さな部屋の中に 一気に緊張感が走った。

やがてトロけた眼差しをボクに向けた先輩は

「そういえば オメェって誰よ」

と聞いてきた。

ボクは名前と学校名を告げた。

「あぁオメェかぁ。何とかってのは」

眠そうな彼の眼差しは 時に鋭くなったりトロけたりを繰り返していた。
まるで距離感が掴めず ボクを近くに遠くに見ているような感じだった。

すると突然 今まで黙ってうつむいてた先輩のひとりが
ビニール袋から顔を上げ ボクに対して大声を張り上げた。

「てめぇ。ナメてんのかぁ?こらぁ」

ボクが無視して黙り込んでいると
彼は再びビニール袋のなかへと顔を戻した。


しばらくして隣の坊主頭がボソボソと言った。

「そういえば・・・カミュ。お前の彼女呼べよ」

「結構カワイイんだろ?」

ボクはずっと黙り続けながら
ラジカセから流れてくるアイドルの曲を聴いていた。

「もうヤったのかぁ?おめぇ」

「どんな感じだった?」

「・・・ヤってねぇよ」

ボクは面倒くさそうに小さく答えた。

「ホントはヤったんだろぉ?」

「ヤったんだろ?この野郎」

今度は対面の壁際に座ってたニグロアイパーのヤツが
ニヤけた顔を寄せてきながらしつこく聞いてきた。
すでに彼は眼の焦点がほとんど合っていない。

「じゃぁ彼女呼べよぉ。早くよぉ。ついでに友達も一緒に呼んで貰えよ!」

「みんなでヤろうぜぇ!なぁ早く呼べよ」

ボクは勝手に妄想して興奮気味になってる
ニグロアイパーの胸元を一気に掴む。

「テメェのオンナ呼べ。バカ野郎!」

と叫び 後ろへ一気に突き放した。
ソイツは倒れ込みながら思いっきり洋服ダンスにぶつかった。

「んだぁコラァ」

よろけなが上体を起こすとソイツは足元をふらつかせながら
四つん這いの状態でボクの上に倒れ込んできた。
ボクのYシャツのボタンは簡単に引きちぎられて宙を舞った。

先輩たちはニヤけたままでずっとそれを見ていた。


ボクはラリってほとんど力が入らなくなった
ニグロアイパーの開襟シャツを掴み
ずっと首元を締め続けていた。

「つまんねぇぞ!もっとちゃんと殴り合えや!」

先輩たちは相変わらずに笑っている。

真っ赤な顔で眉間に何本ものシワを作り
大きく口を開いたまんまのソイツの顔が
なんだか急に可哀想に思えてきた。
ボクはずっとそれを ぼんやり見続けながら首を絞めていた。

「さっきマレンを駅まで送ってやれば良かった・・・」

隣の坊主頭が途中でボクを止めに入ってきた。
ボクは何かを叫んだ気がするが覚えていない。

ただ ものすごく彼女に会いたいと思っていたことだけは確かだ。



空も飛べるはず
5thアルバム『空の飛び方』 1994年





結局ボクとマレンは 去年の大晦日も今年の元旦も会っていない。
初詣に行こうと誘われてたけど ボクは年末から風邪をひいてしまっていた。

もしその原因がクリスマスの夜の寒さのせいだったとしても
さすがにあの日の夜を後悔するようなことはない。

あの日の2度目のキスは
もう子供のイタズラみたいなキスではなかった気がする。
それが大人のものなのかどうかは判らないけど・・・

そういえば去年に比べるとかなり背が伸びたかな。
中1のときにはクラスにボクよりも身長が高い女の子が何人かいたけど
今は彼女たちを全員追い越したと思う。

ボクもそれなりには大人になっているんだろう。
でも変わったのは身長だけじゃない。
あのときのボクはもうここにはいない。

もし初詣に行ったとしたなら どんなお願いをしてたんだろうか。

マレンと2人しかいない世界のなかで
いつも彼女と一緒にいられることを願ったんだろうか。


ボクは連中の溜まり場を後にした。
どうやって出てきたのかは良く覚えていないけど
最後に後ろから投げつけられた瓶のようなものがボクの右肩に当たった気がする。

「マレンに会いたい」

まだ完全には暮れ落ちていない夕空の僅かな残照のほうへ向かって歩いた。
ボクは さっきひとりで駅のほうへと帰って行った彼女の後ろ姿を思い浮かべた。
自分勝手なのは分かってるんだけど すごく彼女のことを抱きしめたかった。



ときにボクらは 些細な意地やわがままで気持ちをねじ曲げる。
ねじれた心で 逆の言葉を選んでいってしまう。

たとえそれが正しい答えではないとわかっていても
一度放たれたその言葉は 相手の心のなかに永遠に残される。

相手が感じた哀しみは やがて時間差で言葉の主にも共有される。

どれほどの時間が流れたとしても どれだけの喜びを上積みしていっても
そのとき心に宿した相手の哀しみを完全に消去することなど
決して出来ないということだけは何となく分かるのだ。




サンシャイン
5thアルバム『空の飛び方』 1994年






1983年1月


マレンと今年初めて会ったのは冬休みが終わる直前だった。
彼女は初詣に行きたがってたけど ボクは

「こないだ 明治神宮行ったんだからいいんじゃねぇの」

とちょっとイジワルく答えた。


「それ去年じゃん。今年も行かなきゃだめなんだよ」

「っていうかオレ 初詣なんてあまり行ったことないんだけどね」

「えぇ!何で?ちゃんと願い事しなくちゃ適わないんだよ」

「オレ どっちかというとクリスチャンだし・・・」

「関係ないじゃん。初詣はちゃんと行かなきゃダメだよ!」


マレンはちょっとだけ頬を膨らました。

ボクらの胸元には去年マレンが買ってくれたお揃いのチョーカーが掛けられていた。
でも彼女はその上から緑色っぽいマフラーを巻いていた。

ボクはまだ病み上がりだったけど チョーカーが隠れるのが嫌だったんで
寒そうな首筋を冬の風に晒していた。


「来月 パルの誕生日じゃん。何か欲しいものある?」

「そうねぇ。欲しいLPはあるけどね」

「レコードいっぱいあるじゃん!それ以外に欲しいのは?」

「・・・枕が欲しい。。。かも」

「えぇ~っ。枕って何?」

「枕って・・・何って。。。枕は枕じゃん」

「あ そう。はいはい!」

マレンはボクがまたいつもの冗談を言ってるんだと思っているようだった。


駅の反対側にあるデパートの楽器売り場へと向かう。
冬休み最後の日曜日だというのに売り場にはほとんど客の姿はなかった。

たまにここへは欲しいエレキ・ギターを見に来ている。
やはりロックを演るならば いつかは「ストラトキャスター」が欲しいかな。
ボクはストラトを手にして ちょっとだけ弦を指先で弾いた。

マレンは特に興味が無さそうに展示されてたウクレレをずっと鳴らしている。

「パル これ弾ける?」

彼女はウクレレをボクのほうに見せた。

「弾けると思うけど・・・たぶんチューニング合ってないよ。それ」

「これならアタシも弾けるかな?」

「まぁ・・・あまりお勧めはしないがね」

「これってギターじゃないの?」

「う~ん。。。まぁハワイじゃぁギターって感じなのかねぇ」

「そうなの・・・」

彼女はきっと理解してないだろう。


ボクはストラトキャスターのストラップを肩に掛けて
チューニングを適当にイジった。
そして爪先で弦を弾いた。

適当にコードをいくつか鳴らしたあと
ボクが今作っている曲のイントロコードを弾いてみる。
それを段々と大きな音で弾き始める。

マレンはちょっと驚いたようだった。

そういえばボクは彼女の前でギターを弾いたことって一度も無かった。

「すごいじゃん!パル!」

「これって何の曲?」

この曲は・・・

「そういえば ちゃんとアタシの曲も作ってくれてんの?」

そう聞かれてしまうと困るんだけど。。。
これが「彼女のために作ってる曲」だなんて
ちょっと言えなくなってしまった。



スピカ
スペシャルアルバム『花鳥風月』 1999年






ボクは その生き様を誰かに見せるために生きてる訳じゃない。
何かをするために生きてる訳でもない。

いつも生きるために何かを求めてばかりいる。
誰かを求めてばかりいる。

何のために生きてるのかを教えてくれた人など誰もいない。
誰かのために生きている訳でもない。

ボクらが絶望的な孤独の檻に閉じ込められたとき
そこから見える最初の光ってなんだろうか。


生きる価値を見出せないままのボクを導く優しい光。
それはきっと キミが今ボクに放ったこの輝きなんだと思う。





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【ALOHA STAR MUSIC DIARY No.16】 スピッツの名曲特集 ~その2~

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前回のお話



誰かに聞いたような気がする。
「7秒のあいだに存在する過去と未来の中心が現在である」と。
いや もしかしたら過去と未来「7秒づつ」だったかもしれない。

でもそれ以来「現在」とは「7秒間の出来事を指すもの」
だと勝手に覚えてしまったし 何となくそれには納得できた。

1秒先が未来であるとか1秒前が過去だとか
最も小さな物理学の時間の単位で定義するものだ。
と言われても どこかピンと来ない。

根拠がなくても7秒という単位には何となく説得力を感じた。

ただ もしそれが正しいとしても間違いだとしても
3.5秒先の未来にボクらが追いつくことはない。

ボクらの意思とは全く無関係に
常に3.5秒づつの過去を永遠に積み重ねながら
ボクらの「今」は未来へと流れてゆく。
僅か7秒のあいだに現実と理想を共有させながら
ボクらは ただひたすらに「今」を生きている。




ハチミツ
6thアルバム『ハチミツ』 1995年






1983年6月


最初にその病名と聞いたときはちょっと安心したんだ。
ボクの親戚にも その病気に掛かってる人は何人かいるけど
普通に食事もしてるし平気で酒も飲んでたから。

マレンもどことなくほっとした様子だったが
彼女のお母さんは しばらく入院することになったようだ。

彼女に父親がいないということは何となくは知っていた。
でもその理由をボクからは一度も聞いていないし
彼女からも話したことはない。


「お母さんの入院中って 川澄はひとりで家にいるの?」

「あたしちょっとだけ おばあちゃん家に住むんだよ」

「おばあちゃん家ってどこよ?」

「鎌倉なんだけどねぇ」

「え。じゃぁ学校には来れんの?」

「まぁ。ちょっとの間だから電車で通うんだよ」


彼女はセミロングの髪の毛をヘアゴムで結び直しながら
電車通学が出来ることを少しだけ自慢そうに笑った。

鎌倉からは大体1時間くらいで学校までは通えるらしい。

「あぁ!もうヤダぁ!」

時折吹く潮風のせいでなかなか上手くいかずに
彼女は何度も横に垂れ下がってくる髪の毛をピンク色のヘアゴムで結び直していた。



運命の人
8thアルバム『フェイクファー』 1998年





「そういえば修学旅行ってカミュちゃんとは違うグループなんだよ」

最近。いや中3になってからかな。
彼女はボクのことを「パル」とは呼ばず
名前を「ちゃん」付けで呼ぶようになった。

まぁ彼女以外 誰もボクを「パル」などとは呼んでなかったし
「なんでパルなの?」といろんな人から聞かれるのにも
疲れてたんでちょうど良かったんだが。

そもそも「パルコが好きだから」なんて冗談に決まってるのに
それをすっかり真に受けた彼女もちょっと問題だと思うんだけど・・・

まだ たまに昔の癖で「パル」と呼んでることも時々あったが
きっと彼女は話に夢中でそのことには気付いていないんだろう。


「あたしカミュちゃんのグループに行っちゃおうかな」

「いいじゃん。ホテルは同じみたいだから別に」


秋に行く修学旅行は どういう訳だか偶数クラスと奇数クラスに分けられた。
ボクは偶数で彼女は奇数のクラスだった。
宿泊ホテルは一緒らしいが昼間はそれぞれ別々の場所に行くらしい。


「え~。つまんないじゃん。それじゃぁ意味無いじゃん」

「別に夜遊べばいいんじゃねぇの?」

「だって部屋違うでしょ」

「当たり前じゃん!そんなの」


マレンは何だか納得がいかないようだった。


「・・・あっ!分かった!じゃぁ今度 鎌倉に行かない?」

「鎌倉?あぁ。別にいいけど・・・」

何が分かったんだか知らないけど
彼女は修学旅行で昼間一緒になれないんだから
せめて鎌倉にはふたりで行きたいと言った。
まぁボクにとって 京都と鎌倉に明確な違いなどは無いんだけど・・・

「でもディズニーランドも絶対に行こうね!」

そういえば今年ディズニーランドがオープンしたらしいが
何だかものすごいことになってるみたいだ。
果たして行ったところで入れるんだろうか。
きっと乗り物なんてほとんど乗れないんじゃないかな。

「どっちかひとつ選べって言われたらどっち行きたい?」

ボクはちょっと意地悪く尋ねた。

「そりゃぁディズニーランドのほうが行きたいけど。。。」

マレンは予想通り 少しだけ哀しそうな表情を浮かべた。

「いいよ。。。両方とも行こうよ。」

マレンはすぐ笑顔へと戻り ボクの左腕に微笑んだまま
顔ごとしがみついて来た。


風には 新緑の香りと微かな潮の匂いが混ざり合っている。
きっとこれは この街にしかない独特の調合なんだろう。




愛のことば

6thアルバム『ハチミツ』 1995年







1983年9月


中学2年で一緒だった佐藤マキコとは3年になっても同じクラスだ。
彼女とは小学校の高学年でも一緒だったんだけど
以前とはずいぶんと。いやすごくイメージが変わった。

マレンも割と顔立ちがはっきりしていたんだが
マキコは小学校の頃から髪の色も赤茶色く色白肌で
とてもはっきりした大きな二重まぶたがどことなく
外国の女の子のような雰囲気だった。

天然にカールした長く茶色い髪を後ろに束ねるさまは
「エースをねらえ」に出てくる「お蝶婦人」こと竜崎麗香を思わせた。

今にして思えば ボクのクラスには彼女を含めて
何だかすんごく目立つ雰囲気の女子が集められた気がする。
男子には不良っぽいのはいない。
どっちかといえば音楽好きな感じの連中が多いのかな。

クラスの中でもマキコは一際目立つ存在だった。
まぁ良く分からないけど フランスあたりのお嬢様って感じなのか。


一番仲の良かった[イウ]こと伊浦ナオトとは
クラスが違ってしまったんで3年になってからあまり会っていない。
不思議と学校の行き帰りにも彼のことを見かけなくなった。


今年の初めに起こった「サウス事件」。。。

思えばあれ以来 他の学校のグレた連中と会う機会が妙に増えたな。
しかし別に喧嘩するというのではなく 勝手に盛り上げられた
「サウス」という実体の無い空想上のグループの主要メンバーとして
変に認められてしまったのである。

まぁ一番の理由は この界隈でも名の通った有名なワルと殴り合った。
という噂が大きかったんだろうけど それをいちいち否定してみても
すでに作り出された空想のグループはボクらの周りでは
今でもそれなりの知名度を維持し続けている。

不思議なもんで 連中とはあんなに険悪な感じだったのに
いざ仲良くなるとすんごく急速に馴染んでいった。
ヤツらが普段屯してる家に遊びに行ったこともある。

誰の家だったかは分からないけど タバコの煙が充満する小さな部屋には
潰れたジュースの缶やエロ雑誌、そしてカセットテープが散乱し
タバコで焦がしたような焼け跡が至る所に残る薄汚れたピンク色の絨毯を覆っていた。

雑誌の上に無造作に置かれた灰皿を
フィルターだけになった吸殻が山のように満たしている。
そこはあまり居心地のいい場所ではなかったんだが
ボクにとってはタバコを吸い始めるきっかけとなった記念すべき部屋。。。
まぁ結局、連中とはその後でちょっとモメたんで今は全く会ってないけど。


こないだ佐藤マキコから告白のようなことをされた。
具体的に「付き合って欲しい」と言われてはいないが
多分そういう感じの雰囲気だったような気がする。

マレンとは きちんと別れたのかどうかボク自身良く分からない。
おそらくは もうほとんど会うこともないだろうし
もし会ったとしても ボクらがまた付き合うのかどうかは分からない。


ボクにとって「マレンって何だったんだろう」。

確かに毎日ではなくても彼女に「恋しさ」のようなものを感じた。
ホンキで結婚してもいいと思ったことも何回かはある。

でも 他の連中と遊ぶほうが面白いときもあったし
たまにだけど「ウザいなぁ」と思うこともあった。

だから もしマレンと付き合ってなかったとしても
そんなに困るほどのことでもなかったのかもしれない。


でも。。。
ふと何かのきっかけで彼女の姿がボクの心に映るとき
ものすごく言いようのない寂しい気持ちになる。

その寂しさは いつだって心の奥のほうへとボクを引きずり込もうとする。

そういう瞬間が 夜眠りにつく前とかに訪れる。
そんなときだけは 誰かと一緒にいたいと思う。
ひとりでいるのが何だかすごく辛くなるのだ。


もうすぐ修学旅行。
マレンと一緒に行くことはもうないんだな。
だったらあんなにグループが違うとかって騒ぐ必要もなかったのに。

ボクはたかだか3ヶ月前の彼女との会話を思い浮かべていた。

机にうつぶせたままで 開け放たれたガラス窓の向こう側を見ている。
海の色は西日に照らされ オレンジ色にゆらゆらと揺れ動く。
波のない静かな海面には まだあの夏の余韻が漂っている。




夏が終わる

4thアルバム『Crispy!』 1993年






1983年6月


何だかマレンはちょっと機嫌が悪いみたいだ。

「そういえばお母さん大丈夫?」

ボクが尋ねても

「特に変わらない・・・」

と素っ気ない。


マレンが鎌倉から中学に通うようになって1週間が経過していた。
彼女のお母さんは相変わらず まだ入院しているようだった。

「いつ頃 退院できそうなの?」

「分かんない・・・」

ボクは学校帰りにマレンを駅まで送りながら
うつむきボヤけた返事を繰り返す彼女に少しだけ苛立っていた。

彼女が鎌倉に住み始めてから こうして駅まで送って行くんだけど
毎日という訳ではなかった。

例の隣町の連中と放課後ツルんでることもあったし
同じクラスの音楽好きの家に集まって新しいLPを聴くこともあった。
だから最近は 週に3回程度しか彼女と一緒に帰ることはない。


「カミュちゃん 最近いろんな子と電話で話してるでしょ。何で?」

「いや。最近モテるからねぇ」

「何で電話するの?」

マレンの機嫌が悪い理由のひとつは そのことだったのかな。

「オレが電話してるんじゃねぇけど」

「だったら電話出なきゃいいじゃん!」

彼女はちょっと怒りながらそう言った。

「オレじゃなくて その子らに言えばいいんじゃねぇの?」

ボクもなんだか少しだけムカついてきた。


ボクのなかで彼女の存在が小さくなったということではない。
ただ 新たにボクを取り巻くいくつかの要素が増加したんだろう。
だから今のボクが彼女との時間を最優先にしていないことだけはきっと確かだ。

「いいよ もう!」

マレンは足早になって先へと歩いていった。
ボクは彼女をしばらく追ったが途中で足を止める。
遠ざかって行く彼女の姿をその場で見送った。

彼女はきっと振り向くだろうと思ってたけど
もし振り向いたら追いかけようと思ってたんだけど・・・
結局マレンはボクのほうを一度も振り返らなかった。



夕陽が笑う、君も笑う
7thアルバム『インディゴ地平線』 1996年







1983年9月


佐藤マキコの両親は 駅前で飲み屋かなにかをやってるようだ。
それが理由か分からないけど 彼女にもいろんな噂が立っている。

こないだウチの母親が「あの子は売春とかしてるんじゃないの?」
とボクに言ってきた。

「はぁ?してねぇんじゃねぇ」

別にボクは彼女に対して特別な感情はなにも抱いてなかったけど
そういうことを言う母親になんだかすごくムカついた。
でも その話が本当なのかウソなのかは判らない。

そういう話を聞いたことは何度かあったけど
ボクにはどうでも良かった。


2年のとき 彼女から一度だけどこかへ遊びに行こうと誘われたことがある。
そのときはマレンと付き合ってる状態だったんで結局遊びには行ってないのだが。


こないだマキコがボクに言った言葉を何となく思い出す。

「川澄さんと別れたんなら もう遊びに行っても平気でしょ」

たぶん。別れたんだろうとは思う。
ボクらは どちらもちゃんと言葉にはしていないんだけど・・・
たぶん・・・もう別れたんだろうな。

「別に。。。行ってもいいんだけど」

そう答えたが あまり気乗りはしなかった。

そのせいではないと思うけど まだボクの心になかにはマレンがいた。
後悔はないけど きっと今なら彼女に伝えられる言葉はあるはずだ。
ボクのなかに初めて「誰か」を失う感覚を残して去った彼女に対しての・・・


ボクは彼女に送った曲の歌詞を思い出した。
あれは本心だったのだろうか。
あのときは80%くらいだと思ったけど
今なら100%本当の気持ちだと伝えられるような気がした。

もしかしたら彼女はもうあのカセットを聴いていないかもしれない。
でもあの曲はマレンに。彼女だけに伝えるためのボクの想いだ。

だから誰にも歌うこともないだろうし
音としてちゃんと残されてるのは あの時彼女にあげたカセットだけだ。

もし彼女が聴かなくなったとすれば
あの曲はこの世界からは永遠に消え去ってしまうんだろう。



君だけを
4thアルバム『Crispy!』 1993年






誰かを大切だと想う気持ちって 時間と比例するのだろうか。
一緒に過ごした時間の長さだけ 大きくなっていくんだろうか。

ボクは違うと思う。

きっと時間ではなくて距離だ。

近くにいるときには気付かないかもしれない。
その人との距離が大きくなるほど その人の大切さに気付かされる

距離の近さは「安らぎ」を
そして距離の遠さは「愛しさ」をボクらに教えるものなんだろうか。





スピッツの名曲特集 ~その3~ へ続く
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【ALOHA STAR MUSIC DIARY No.15】 P.M.9 - 矢沢永吉

【ALOHA STAR MUSIC DIARY No.15】 P.M.9 - 矢沢永吉




1983年1月


最近 何だかすごくアメリカに対する憧れが強まってるような気がする。
でもきっとそれはLAやNYとか都心部へのものではない。

ボクの中にあるアメリカに対する漠然としたイメージ。。。
それは『A LONG VACATION』のアルバムジャケットようなトロピカルな風景だ。
これがハワイなのかどうかは分からないけどすんごく絵が気に入ったんで
中1の頃からボクの部屋の壁にずっと飾られたままだ。

このハワイかどこかのリゾートビーチのような眩しい風景に
今はものすごく憧れてるんである。

そういえば中1のときに買った矢沢永吉の海外アルバム『YAZAWA』も良く聴いていた。
英語で歌われた「抱かれたいもう一度 」はすんごくカッコいいと素直に思った。

でも今は『YAZAWA』のアルバムジャケットで彼が着てた
ピンク色のVネックシャツがすんごく欲しいのである。

クリスマスにマレンから貰ったシド・ヴィシャスのチョーカーを
もっと良く見せるられるように・・・

ボクの髪の色もだいぶ茶色くはなってたけど
最近 教師もあまり文句を言わなくなってきたな。
でも それを学校にしてったらさすがに没収されるだろうな。



ROCK ME TONIGHT





新年を迎えて 中2の3学期が始まって早々 ちょっとした事件が起きた。

果たして誰かの勘違いが引き起こしたものなのか
それとも些細な噂話がきっかけとなったものなのかは分からないんだけど。。。


ボクらが学校から帰宅する道中に去年 変な雑貨屋がオープンした。
『サウス・ウインド』なる怪しげなショップの狭い店内には
「Coca-Cola」や「HERSHEY'S」の文房具など魅力的なアメリカ雑貨と
絶対に欲しくないような手作り風のアンティーク小物が並んでいた。

その店のオーナーはどことなく東南アジア系の顔立ちをしていて
毎日朝からエスニック・スタイルなファッションでその近辺をうろついていた。

いつも一緒に帰宅しているメンバーには不良っぽいヤツは誰もいなかったが
このオーナーの似顔絵を店の看板に貼り付けたりして楽しんでいた。

すると ある日「この絵を描いた人に景品を差し上げます」
と絵のうえにメッセージされてたんで正直に名乗ってみたら
「お前らかぁ」と言いながら「Coca-Cola」の文具を結構な量くれた。
だからまぁ 悪いヤツではないんだろうなと思った。

いつからか こうして同じ方向へ帰宅する連中同士で「チーム・サウス」という言葉を
自然と使うようになり始めた。なぜ自分たちをそう呼んでたのかは特に覚えていない。
ましてや暴走族に関係するような流れとは全くの無縁だ。


3学期を迎えたある朝、たまたま体調が悪くって数日間休んでたんだけど
久しぶりに学校に向かって登校していると ボクのエレキ・ギターの先生でもある
[イウ]こと伊浦ナオトと一緒になった。
彼もいわゆる この「サウス」チームのメンバーである。

すると突然イウは

「カミウも気をつけろ」

と言い出した。

何のことかさっぱり判らなかったが 彼はいきなり折りたたみ式ナイフを
制服の内ポケットから取り出し 制服で包み隠すようにしてそれをボクに見せた。

「昨日、隣町の中学の連中が放課後ウチの学校にきて
俺らを探してたみたいなんだけど・・・
そいつら警棒とかカイザーナックルとかの武器を持ってたらしいからな」

この隣町の中学は 以前からこの界隈ではワルくて有名な学校だった。
たぶん族に入ってるのも結構いたと思う。

「はぁ?何でそんなのが来たんだ?」

「どうやらウチの3年の誰かをシメに来たら
ウチの学校で一番有名なのは『サウス』の連中だって
ソイツがビビって言ったみたいなんだが・・・」

「誰だそいつ バカなんじゃねぇの」

聞けば今の3年では まぁまぁ目立ってるほうだけど
全然中途半端なダセェ野郎が隣町のヤツらに脅されてそう言ったようなのである。

ボクとイウだけであれば、まぁ何となくマークされるのも判るんだけど
他のメンバーは皆マジメな秀才系の連中ばかりだ。
しかし いくら今の3年が全くダサいからって2年のボクらに
変な厄介事を押し付けてくるっていうことにムカついた。

ボクらが教室に入ると黒板に「打倒!サウス連合!」
とチョークで大きく殴り書きされた文字が完全には消しきれずに
まだうっすらと残っていた。

どうやら他の教室にも同じことが書かれてたようだった。

「連合じゃぁねぇよ・・・なぁ」

ボクはそれが本当だったのかと思い ちょっと憂鬱になってきた。



WITHOUT YOU





ボクはキャロル時代の矢沢永吉は知らない。
でもボクが中1のときリリースされたアルバム『YAZAWA』と『RISING SUN』、
そして去年リリースされた『P.M.9』の3枚は持っていた。

特に『P.M.9』は去年 ボクが唯一買った邦楽アルバムだったかもしれない。
このアルバムってほとんどがすんごく名曲だと思うんだけど
やはり「LAHAINA」と「YES MY LOVE」のようにエレガントな
ビーチリゾートの夕暮れを連想させる感じのサウンドは
ボクのなかにずっと様々な南国の情景を想い描かせていた。

特に「LAHAINA」というタイトルが ボクの心に深く刻み込まれてしまった。
「いつかは絶対に行ってみたい。」という想いと共に。


一体誰に番号を聞いたのか分からないんだが。
ウチに知らない連中からの電話が頻繁に掛かり始めた。
別にウチの母ちゃんも毎回丁寧に取り次がなくっていいんだけど。。。

さすがに最初はワルくて有名な隣町の学校名を名乗られてビビッたが
同じ調子で脅されてると だんだんそれなりに脅され慣れてくるものだ。

「今風呂入ってるから」とか「飯食ってるから」
と言って電話を切ってしまえば その日はもう掛かって来なかった。

ただ執拗に電話が掛かってくるにつれ 次第にボクも
「やるならヤルかぁ。コラぁ」とか「来んなら来いよぉ。オラぁ」
みたいな調子になっていってしまった。まぁホンキではなかったんだけど・・・
別に殴られるのは割と平気だったんで もうどうでもいいように思えてきたのだ。

だからボクも最初は護身用に飛行機型の折りたたみナイフを持ち歩いていた。
だが試しに一度 教室のカーテンを思いっきり刺してみらた ナイフの刃が布を突き抜けずに
折りたたみ部分に戻ってしまい 柄を持っていたボクの右手小指と薬指を深く切った。
それ以来ナイフを持ち歩くのは止めたのである。



NO NO NO





結局のところ「行くから待ってろ。テメェ」と予告された日になっても
連中が学校に姿を現さなかったので今のところ一度も喧嘩沙汰にはなっていない。

が、どういう訳か「ボクがそいつらとやり合った」
という噂だけが学校の内外に広まっていった。

まぁ受話器越しに「やるならヤルかぁ」と言ったけど。。。
何だかすでに「ヤッたこと」になってしまったようなのである。

本当かどうかは分からないけど 電話して来てた連中側の街のほうで
そういう噂が広がっているような話は聞いたことがある。


いつだったかマレンと一緒に駅前を歩いてたとき
知らないどっかのダセェ野郎が「川澄さん!」と彼女に声を掛けてきた。

コイツはどうやらマレンが以前通ってた
塾か何かで一緒だったみたいだが
一瞬ボクと睨みあってから

「サウスのカミュてお前かぁ」

とニヤけながら唐突に言ってきた。

ボクはこの馴れ馴れしい野郎が気に喰わなかった。

「いや。川澄さんがサウスのヤツと付き合ってるって聞いたから・・・」

「だから何だよ?」

「いや別に・・・」

何かモゴモゴ言いながらソイツは足早に去っていった。

当事者をよそに 根拠のない噂話だけが勝手に大きく膨張し
やがてボクの知らない架空の物語は作り出されていった。

マレンは心配そうに「ヤバいんじゃないの?大丈夫なの?」と言ってきたが
もうボクには『サウスのカミュ』ってヤツのことをどうすることも出来ない。
もはや誰に対して事実を否定すればいいのかなど全く分からなかった。


確かに。。。
最近は そういう類いの野郎連中からの電話は止んだか。。。
でもその代わりに全然知らない女の子からの電話が
ちょっと増えてきたように思える。

一番聞かれる質問・・・

「カミュ君はいま彼女いるの?」

もはやすっかりカミュが苗字だと思われてしまってるようだが
「可未宇」は名前である。まぁ今となってはどうでもいいんだけど。。。

質問に対するボクの答えは大抵の場合はいつも同じである。

「多分・・・いると思います」


小学校時代に矢沢の「アイ・ラヴ・ユー、OK」や「時間よ止まれ」を聴いたときには
何だかすごくつまらない曲のように思えてたんだけど・・・
もし今聴いたら きっといい曲に聴こえるんだろうな。
わかる年齢にならなくちゃ判らない音楽ってきっとあるんだと思う。




P.M.9 - 矢沢永吉




Side A
 1 WITHOUT YOU    
 2 ROCK ME TONIGHT    
 3 EBB TIDE    
 4 NO NO NO    
 5 LAHAINA    

Side B
 1 JEALOUSY    
 2 HOLD ON BABY    
 3 YES MY LOVE    
 4 NETTAIYA    

リリース 1982年7月10日|ワーナー・パイオニア

1981年にリリースされた全世界発売アルバム『YAZAWA』製作ではマイケル・マクドナルドを除いた当時のドゥービー・ブラザーズのメンバーが全面的にサポートしてたようですが、1982年リリースの『P.M.9』では更なる豪華アーティストが集結☆ドゥービー・ブラザースからはボビー・ラカインド&ジョン・マクフィー。TOTOからはスティーヴ・ルカサー&ジェフ・ポーカロ、そしてリトル・フィートのビル・ペイン。さらにはアンドリュー・ゴールド、ニコレット・ラーソン、マーク・ジョーダンなどなどもゲスト参加してるという まさにボクが当ブログで紹介してる大物ばかりを集めたようなアルバムなんですね☆まぁ言わずもがなに著作プロテクトが厳しい御方ですんでこのリンク先もいずれ閲覧不可になるでしょう!でもこのアルバムは一度聴いてみても良いと思いますよ♪

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ボクにはまだ「愛」という感情が
自分をどう変えるものなのかは分からない。

「恋」というものならば 去年のクリスマスの夜、
彼女に対して抱いた想いが もしかしたらそういうもんなんだろう。

好きであることとは全く別の 近くて遠いような距離感。
明日も会えるはずなのに 今日だけは離れたくないと願う
抑えられなくなるほどの わがままで孤独な焦燥感。

もしそれを「恋」というのであれば それはあまりにも苦しいものだ。

心の内側で彼女に対して湧き起こる欲望や衝動と
心の外側でそれを隠し 平静を装ういつもの自分とが
ひたすらに感情のせめぎ合いを繰り返す。

他のあらゆる現実を忘れさせてしまうほど
そのことだけに心が捕らわれてしまう。

どちらが本当の自分なのか全く分からなくなってしまうこと。
もしくは この衝動と理性がせめぎ合っている状態こそ
きっと「恋しい」という気持ちなんだろう。

もし「愛する」ということが「恋する」ことよりも
はるかに苦しいのであるならば 誰かを愛した瞬間に
今のボクはこの世から存在しなくなってしまう気がする。

きっとそこにいるのは 別の自分に支配された今のボクなのだ。




冷たい頬
8thアルバム『フェイクファー』 1998年





中学3年になる前の春休みに マレンのために作った曲。
特にタイトルなど付けていなかったその曲を
「一生大事にするね」と彼女は言った。

彼女は今度 歌って欲しいと言ってたけど
さすがにそれは恥ずかしかった。
でも毎日テープを聴かれてたんじゃぁ
今さら恥ずかしがる必要もないんだけどね。

去年の夏の夕暮れやクリスマスの夜・・・
あのとき彼女に対して抱いた 心が徐々に締め付けられるような感覚。
たぶんそれが「恋」なのであろう痛みにも似たその想い。

あの素直な痛みを 僅か数行程度に吐き出してしまえば済むはずだった。

何度も自問し それに自答してみたんだけど
すでに彼女に曲を送ってしまった今でさえ
歌詞の内容がボクの本心なのかどうかは判らないままだ。

でも きっと80%くらいは本心だったんだろうな。

彼女への想いが一瞬 メーターを振り切ってしまうこともあるけど
いつも100%彼女のことだけを考えていた訳でもない。
だからきっと 平均すれば80%くらいなんだろうな。


青い車
5thアルバム『空の飛び方』 1994年





1983年9月


中学3年になると マレンとボクはクラスが離れた。

ボクらの教室のあいだには4つのクラスが挟まれており
階段を上がって一番手前にボクの教室、
そしてもっとずっと奥のほうにマレンの教室があった。

休み時間や体育の授業などで 彼女がボクの教室の前を通り過ぎるとき
後ろの鉄製の扉に「覗き窓」のようにして張り付けられたガラス越しに
ボクを見つけては いつも手を振ったり舌を出したりていた。
ボクもそのときは ちょっとだけ手のひらをマレンに向けるようにしてみせた。

そして必ず前の入り口の扉を通り過ぎる際には
もう一度ガラス窓から彼女はボクのことを振り返った。


幾筋もの揺れ動く白波と太陽の光を蒼色の海面に煌めかせた海を
教室の大きな窓ガラスの先に見つめながら
ボクは今年の春のそんな光景をずっと思い返していた。


今のクラスには洋楽好きな連中が2年のときよりも結構いたから
新しくリリースされたLPの貸し借りが自然と頻繁になっていく。

だから ボクがこれまで知らなかったような
様々な洋楽アーティストのアルバムを聴く機会も自然と増えている。

以前はロックのアルバムばかりだったけど
このところエレクトリック系も良く聴いている。
邦楽はほとんど。いや全く聴かなくなってしまったな。


9月も終わろうとしているが 相変わらず真夏の暑さは続く。
それは彗星が引き連れる長く伸びた尾の軌跡のように
この街の上空に暫くは漂い続けているのだろう。


窓から湘南の海風が時折吹きこぼれるこの教室の中に
彼女の嬉しそうな笑い声は もう聞こえて来ない。
それは単にクラスが変わったからということではない。

この学校のどこを探してみても
彼女の笑い声を見つけ出すことは
もう出来ないだろう。

ボクらが付き合い始めてから
ちょうど1年が過ぎようとしていたあの日。
彼女はボクの前からいなくなってしまったのだから。



スカーレット
8thアルバム『フェイクファー』 1998年





彼女と過ごした1年足らずの時間のなかで
ボクらが交わした ただ2回のキス。。。
あのクリスマスの夜に抱いた気持ちを
結局 最後まで面と向かっては彼女に伝えられなかった。

もしそれがカセットに吹き込まれたものだったとしても
その想いを曲に出来たことが 今となってはせめてもの救いだ。


今まで当たり前にそこにいた人が
ある日からいなくなってしまった日常のなかで
やがて時間は微かに漂うその人の移り香までもを
現実と中和させながら ゆっくりと薄めつつ透明にしてゆく。

その人の存在を日常の生活で全く感じられなくなったとき
残された記憶のなかに ボクらはその現実を見出そうとしはじめる。

やがて記憶は音を増しながら鮮明な色彩とともに心のなかに再生される。
繰り返し再生される記憶のなかに映し出されたその人は
いつだって笑顔なのだ。



なにも彼女と もう二度と会えなくなったという事ではない。
彼女は今も どこかで暮らし続けているのだから。

でもボクらのあいだに出来てしまった現実的な距離感よりも
心の距離感のほうが遥かに今は強く感じられる。

なぜあんなことを言ってしまったのか。。。
という後悔が彼女のいない日常の空しさを余計に後押しする。

心のなかに刻み込まれた彼女の映像は
ひたすらボクのなかで繰り返し再生し続ける。
それを止めることなどはボクには出来ない
・・・きっと誰にも出来ない。




君が思い出になる前に
4thアルバム『Crispy!』 1993年






1983年6月

この街に新緑の匂いが再び感じられるようになると風が変わる。
晩春色の風景も少しだけ薄く青みがかった夏色へと揺らめきながら変化してゆく。

すこし蒸し暑さを帯びた潮風を背中に受けながらボクらは歩いた。

毎週ではないけれど マレンは土曜日になると学校帰りにボクの家に来ていた。
ふたりでFM東京をずっと流しながら 夕方までぼんやりと過ごす。
ただそれだけのことだった。

ウチの母親も親父もマレンのことは小学校の頃から知っている。
何度かボクらが通っていたスイミングスクールの行き帰りに
彼女をウチの車で送ってあげたことがあったからだ。

でも中学に入ってからの彼女のことは知らない。
だから久しぶりに大人びた彼女を見たときには

「マレンちゃん。すごく可愛くなったわねぇ」

と、さすがにちょっと驚いたようだった。

たまにウチの親に薦められて夕食を食べていくこともあったが
特に緊張もせずに いつも彼女はすごく喜びながら母の手料理をやたらと褒めていた。

「マレンちゃんもカミユと結婚したら毎日食べられるわよ」

母親のそんな余計な言葉にマレンはニッコリしながら何度も大きく頷いていた。

でもさすがにまだ中3だ。
「結婚」という言葉に現実味を覚えることなどなかった。


最近では ウチの両親と一緒に食事をしているとき
ボクはほとんど何も会話をしていなかったように思える。
何かのきっかけで一度作り出されてしまった どこかよそよそしい空気によって
このところ食卓は何となく居心地の悪い場所になっていた。

だから代わりにこの食卓を盛り上げてくれる彼女には
ものすごく助けられているような気がしていた。
ボクも。そしてボクの両親にとっても。。。



スパイダー
5thアルバム『空の飛び方』 1994年





日が暮れてしまえば初夏の蒸し暑さも幾分和らぎ 潮風が優しく感じられる。
でも確実にもうすぐ静かなこの街にも騒がしい真夏が訪れるのだ。

夜、マレンを家まで送る帰り道、しばらく黙り込んだあと
彼女は少しだけ複雑な微笑みを浮かべながらボクを見つめた。

「カミュちゃんの家にいつか一緒に住んでもいいかなぁ」

「ウチ?・・・別にいいんじゃない」

彼女の言葉が意味することは何となくだけど判った。

するとふいに不安そうな顔になりながら

「あたしのお母さん、今度精密検査するみたいなんだけど」

彼女は小さくそう呟いた。

「検査って・・・病気の検査のこと?」

ボクは尋ねる。

「まだ良く分かんないけど。最近何だか疲れやすいみたいなんで
こないだ病院に行ったんだけど。。。
血液検査の結果が悪かったんでもう一回ちゃんと検査するみたい」

「たぶん大丈夫でしょ。オレも最近疲れやすいし」

「大丈夫だよ。ね・・・」

とマレンは自らを説得させるみたいにして答えた。
しかし一度急激に膨らみ始めたネガティブな空想が
彼女の笑顔を心の内側へと吸い込んでいるような気がした。

「まぁもし・・・」

一瞬何も考えずにそこまで言ったけど すぐに言葉が出てこなかった。
それに続く言葉が何だったとしても 彼女のお母さんの検査結果が
悪かった場合の慰めになるだけだ。
彼女もいつものように しつこくその先までを聞こうとはしなかった。



君と暮らせたら
6thアルバム『ハチミツ』 1995年






「カミュちゃんはあたしのこと好き?」

「え。多分・・・ね。」

「あたしも多分・・・ずっと好き」

たまに聞かれていた いつもの問い掛けにすら奇妙な空白が断片的に混ざっていた。
南からの潮風が彼女の長い髪や制服のスカートを優しく揺らす。
後ろで手を組み ボクの少し前をゆっくりと歩きながらマレンは続けた。

「あたし・・・もしかしたら来年から働こうかなって思ってるんだよねぇ。
だから もしいつか結婚しても迷惑にはならないと思うよ」

当たり前のようにすごく自然に彼女はそう言った。

それは彼女が「高校に行かないかもしれない」
ということなのかどうか判らなかったが
彼女が働くということの意味を尋ねることよりも
「結婚」という言葉が 一瞬ものすごく重たいものに感じられた。
別に嫌だった訳ではないんだけど。何となく重たかったのだ。

もし去年のクリスマスの夜ならば・・・
きっとボクはその場で結婚の約束が出来たんだろうな。
そういえばあの感情は また最近影を潜めてしまった気がする。

なんでいつも東京に出掛けたときにだけ
あの特別な感情を覚えるんだろう。。。
もしボクが彼女と東京で一緒に暮らしたのならば
ずっとあのときの気持ちのままでいられるのかな。



ルナルナ
6thアルバム『ハチミツ』 1995年






働くかどうかは別としても「いつか一緒に住む」ことと
「結婚する」ということは おそらく同じことを意味してるんだろうとは思う。

マレンと一緒に暮らすんならそれでもいいと正直思ったが
ボクには 「結婚」というリアルな言葉を含む返事が
どうしてもこの場ですぐには出来なかったのだ。

ただ14歳のボクらでも「結婚」というものが
どういうものなのかは何となく実感できた。それは確かだ。
去年までだったらきっと何も分からなかったろうな。

さっき感じた重たさは 彼女の人生の重さだったんだろうか。
それともボクの将来に対する不安だったのか。。。
ボクはまだ将来 何をしようかなんてことすら考えてもいない。
彼女の人生を受け止めることが ボクにすぐ出来るのかどうかなど分からない。

でも彼女がボクのそばからいなくなるなんてことは想像できない。
それはボクが将来何をするかなんていうことよりも
きっと。もっと大切なことなのだ。




8thアルバム『フェイクファー』 1998年






彼女の人生を受け止めることが出来るかどうか分からくても
もし結婚するならしてもいいかなと
時の経過とともに少しづつ思い始めていた。
そのときはボクも一緒に何かして働けばいいんだ。

ボクひとりの人生と 彼女とふたりの人生
投げやり。ということではなくってホントに
今のボクにはどっちの人生を選んだとしてもいいように思えたんだ。

そうかと思えば、やはり「結婚」なんて今すぐに決められない
という気持ちが再び蘇ってくる。

相反するふたつの想いがぐるぐると心のなかで回る。
交互にボクの喉元まで各々の言葉を押し出そうとしてくる。
でも結局ボクは何も言えないままだった。


さっきボクが言いかけて止めた言葉。
もしあのままの勢いで続けてたらきっとこう言ってたかもしれない。

「まぁもし・・・どんなことになっても川澄はオレが守るから!」



タイムトラベラー
4thアルバム『Crispy!』 1993年






慰めではなくそれがボクの本心。
でも。それを言葉にすることがどうしても出来なかったんだ。

「結婚してもいい」と思う気持ちと
「まだ結婚は決められない」と思う気持ち。

もしどちらの気持ちを彼女に伝えてたとしても

「マレンと一緒に暮らしてもいい」

という想いだけは きっと同じはずなのに。。。




やがて記憶の映像が現実ではないことにも慣れてくる。
そのときに きっと広くて深い哀しみは
虚しさとなってはっきりと認識されるのだろう。
その人がいない世界に自分がいることにようやく気付かされるのだ。




チェリー
7thアルバム『インディゴ地平線』 1996年




スピッツの名曲特集 ~その2~ へ続く


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過ぎ去った時間は ボクたちをどれだけ成長させたのだろう。

もしひとつの歳を重ねるために
ひとつずつ大切な何かを失わなければならないのならば
君との思い出を失うのは もっとずっと先のことなんだろう。

ボクにも そしてキミの人生においても
誰かに話したくなるくらいに楽しい思い出
そして誰にも言えないくらいに哀しい思い出

いろんな出来事があったんだろうと思う。

でも これからの人生で どれだけの日常を上塗りしていっても
過ぎ去りし時間の中に留まりながら 同じ眩しさのままで
君はいつまでもボクの心のなかで輝き続けるのだろう。




君に会いに行く
4thアルバム『SELF PORTRAIT』 1993年





1982年12月


前回のお話


ボクたちは明治神宮から竹下通りへと戻った。

ファーストキスのほのかな余韻と 時と共に沸き立つ恥じらいは
クリスマスに浮かれる夕暮れの雑踏によって瞬く間にかき消されていった。

マレンは・・・何も感じなかったのかな?
もしかしたら彼女にとっては初めてじゃぁなかったのかも?

きっとそんなことはないんだろうけど
何となくそんなことをぼんやりと考えていた。

いずれにしても さっきはちょっと格好つけ過ぎたように思えてきて
一度収まってた気恥ずかしさが 再び青白く弱い炎みたいに薄っすらと心に蘇る。


竹下通りから脇道を曲がり、昼間も立ち寄った小さな雑貨店に入る。
さっきはガーゼTシャツしか探してなかったから
他にどんなものが売ってるかなんて ほとんどよく見ていなかった。

でも 面白そうなロックやパンク関係のグッズが
狭い店内に無造作にディスプレイされてるのは覚えている。
もう一度ガーゼTシャツを探してみたけど やはりこの店には置いていない。

マレンは店の奥にある木製のアクセサリー棚をずっとひとりで物色していた。

「これって欲しかったんでしょ?」

彼女はシド・ヴィシャスがつけていた南京錠のチョーカーをボクに見せた。

「シド・チェーンか・・・」
確かに以前は欲しかったもののひとつだったけど。。。

彼女がしつこく薦めてくるので
仕方なく首にチェーンを当てながら柱の小さな鏡を覗き込む。

やがて店員が愛想良く近寄ってきて
ズシリと重たい南京錠をボクの首にぶら下げた。
今までネックレスなどしたことなかった。
だけど・・・この重たさは何となく気に入った。

「似合ってるんじゃない」

マレンは「自分もつけたい」と店員にせがんだ。
ボクらは二人してシド・チェーンをつけた姿のままで柱の小さな鏡を覗き込む。

「これ一緒に買おうよ」

マレンの決断はやたらと早かった。
気付くとすぐにレジで2つのチョーカー代を支払っていた。
ボクもこの大きな南京錠のペンダント・ヘッドが何となく彼女にも似合ってるように思えた。

店を出ると 彼女はすぐに袋からチョーカーを取り出し ソレを順番に互いの首にかけ合う。
冬の寒さを一気に吸い込んだチェーンが ボクらの胸元を急激に冷やしていく。

「うわ!冷たっ!」

マレンが痛そうな顔をして小さく叫んだのが
なんだかものすごく可笑しかった。


まだ見ぬ君へ
7thアルバム『UNDERWEAR』 1996年




どこかの店の時計が見えた。すでに夜の7時を少し回ったくらいだ。
午後1時過ぎに原宿に着いてから かれこれ6時間が経過している。
いや。たった6時間しか経っていないのに どういう訳だか
今日はものすごく長い時間を彼女と過ごしているように感じた。

「キスなんてしてしまったせいかな」

そう思ったが きっとそれだけではないのだろう。
クリスマスの日にはそういう不思議な時間が流れているのかな。
1秒でも長く・・・恋人たちを引き離さないために。。。

クリスマスがボクらの心をこんなにもときめかせる理由。
それは夜を彩る華やかな優しい光に包まれた街の中から溢れてくる
誰もが子供の頃に胸を躍らせながら口ずさんだクリスマスソングのせいだろう。

どこかでそれを耳にするたびに きっと誕生日よりも楽しかった
あの頃のクリスマスの懐かしい記憶が
知らずに呼び起こされているのかもしれない。
だからきっとみんな この日だけはふいに童心に戻ってしまうんだろうな。

さっきのキスだって何となく無意識にしてしまったように思う。
そう。それはまるで子供のイタズラのように。

もしキスするタイミングなんか計ってたら
きっとそんなこと出来やしなかったろう。
たぶん今日だけが特別なんだ。

自分にとって一番大切な人の存在に気付かされる日。
その人をいつも以上に ものすごく大切に思ってしまう日。
そういう自分の素直な気持ちを 柔らかく教えてくれる日。
それがきっとクリスマス。


てっぺんまでもうすぐ
3rdアルバム『君は僕の宝物』 1992年




おそらくは鉄か何かで出来てるこの重たいチョーカーも
ようやくボクの体温に徐々に馴染み始めていた。

「そういえばマレンが欲しかったものって何?」

ボクは彼女が決めたと言ってたクリスマス・プレゼントのことを思い出す。

「あたしはねぇ。」

ニコっと笑いながら答えた。

「プーさんのぬいぐるみが欲しい」

「プーさん?そんなのどこに売ってたっけ?」

「キディランドのディズニーのとこで売ってたよ」

そうか。プーさんってディズニーのキャラクターだったんだ。
まぁ確かにディズニー・グッズのコーナーがどっかにあったな。

「そういえば来年 日本にディズニーランドが出来るんだって!」

「あたし絶対に行きたい!パルも絶対行こうね!」

マレンは何故か急に泣き出しそうな瞳でボクに向かってそう言った。


夏に羽田空港に行ったときも同じような言葉を聞いた気がする。
同じ瞳でボクを見つめながら。。。
あのときはアメリカに一緒に行きたいと言ってたっけな。
そう。あのときボクの中で彼女に対する思いがほんの一瞬だけ変わったんだ。

あの気持ちって本当になんだったのかは良く分からない。
でも、ボクもマレンと一緒に行きたいと その瞬間だけは確かに思ったんだ。


「プーさんってディズニーランドにいるの?」

ボクは何となく彼女に聞いた。

「たぶんいるでしょ。」

「プーさんねぇ・・・」

「プーさんが何よ」

「プーさんってさぁ。。。本名?」

マレンは相変わらず大きな瞳を薄目にしながらボクを睨んでいた。
ボクは何となく彼女の左の頬を軽くつねってみた。
彼女も仕返しにボクのことをつねろうとしたが
ボクは笑いながら走って逃げたんだ。


Darling
5thアルバム『PHARMACY』 1994年




ボクはキディランドで小さなプーさんのぬいぐるみを買った。
プレゼント用に光沢のあるピュアホワイトの包装紙でラッピングしてもらい
数色の中から選んだクリスマスカラーの赤いリボンで結んでもらった。

「じゃぁ。はい。どうぞ」

それをボクはマレンに無造作に手渡す。
嬉しそうな彼女は すぐに包装紙からプーさんを引っ張り出さんばかりの勢いだったけど
さすがにそれは渋々諦めたようだった。

ボクらはマックでハンバーガーを食べてから帰りの山手線に乗り込んだ。

クリスマスの夜にハンバーガーというのも変だとは思うけど
食べたいと言ったのはマレンのほうだ。

でも、それはきっとボクの財布の中身を多少気にしてくれてたからなんだろうな。
フリー切符を買ったんだから 本当は帰りの電車賃の心配なんて要らなかったのに。
だとしたってそんな豪華なものを食べられるほどの余裕はなかったけどね。


品川駅から東海道線に乗り込むと 朝とは違って車内はすごく空いていた。
まぁ座れやしなかったけど立ってる乗客はまばらだった。
ボクらは朝と同じように扉付近にふたりで立っている。

マレンはプーさんの袋を左手で大事そうに抱えながらボクに寄り添っている。
ボクも何となく行き場を失った左手を 彼女の肩付近にまわしながら
車両が揺れるたびに 時折ちょっとだけ強く力を入れたりしていた。

クリスマス色に飾られた街の光に慣れすぎたせいか
車内はものすごく薄暗く そしてものすごく静かだ。
電車の変則的な走行音と 車両の軋む音がやけにはっきりと聞こえる。

「今年はもう会えないかもね」

ボクは扉のガラス窓に息を吐きかけるようにしてそう呟いた。
窓ガラスは瞬間曇ったが すぐガラスの向こう側にある夜の街明かりを
ボクとマレンの透けた姿の先に映し出した。

「大晦日はどうするの?」

マレンはボクの左腕のなかで
少しだけあたまをボクのほうに向けながら言葉を続けた。
ボクはガラス窓にぼんやり映った彼女の横顔を見つめた。

「スミカたちと一緒に初詣行こうよ」

彼女の髪が揺れ動くたびに ほのかに甘く懐かしいヘアコロンの香りがした。
これがきっと彼女の匂いなんだ。

鈴木ミツキと大久保スミカといえば 今年の夏に
ボクらとドリームランドに出かけたときのもうひとつのカップル。

まぁボクらが付き合うきっかけとなった2人である。
彼らとは放課後にみんなで一緒に遊んだりしたことはあっても
あれ以来Wデートで遠出したことはないな。

ボクとマレンは付き合ってすぐに2人で東京へ出掛けたけど
ヤツらが東京に行ったという話ってそういえば聞かないな。

「でもやっぱしあたしは2人で行きたいけどね」

「今年一番最後に会う人も・・・来年一番最初に会う人もあたしはパルがいいなぁ」

マレンはボクの左腕のなかで囁くように言った。

「そうだね。オレも。。。かな。」

マレンはその言葉には何も返事を返さなかった。
ただボクにしがみついている彼女の右手が
ちょっとだけ強くボクを引き寄せたように感じた。

恥ずかしくて普段は心の奥に隠していた素直な気持ちを
どうにかして相手に伝えたくなり、相手の喜ぶ顔をもっと見たくなり、
そして何より相手のことを心から幸せにしたくなる。

それがきっとクリスマス。

まだ中学2年のボクらにとっても その想いは大人と何ら変わらない。


今年の冬
5thアルバム『PHARMACY』 1994年




実際のところ ボクは今まで大晦日に初詣へ行ったことなど一度もない。
というよりも初詣自体、行ったという記憶がほとんどない。
もしかしたら「面倒くさい」と普段のボクならば言っていたのかもしれない。
無論、彼女はまたボクのことを睨むんだろうが・・・

しかしこのクリスマスの魔法のせいなのかな。

ボクの腕に包まっている彼女のことをずっと。ではないけど
時々何かの拍子にものすごく抱きしめたくなるような衝動は何度かあった。
やっぱり今日はいつものボクではなくなっているように思える。

さっきからずっと彼女の肩を後ろから抱きしめている。
といっても軽く肩に触れる程度に手をまわしてるだけなんだけど。

こんなにも長い時間 ボクの近くにマレンを感じ続けるのは初めてのことだ。
彼女の存在をはっきりと確かめられる距離感に
ボクの気持ちは なんとなく安らいでいた。


夜の10時過ぎに駅に着くとボクらは彼女の家のほうへと向かって歩いた。
今まで地元を歩くときには 手すら握ったことはなかったんだけど
マレンは相変わらず今もこうしてボクの腕のなかに包まっている。

クリスマスの夜なのに ボクらの住む街は
全く人の気配が感じられないほどに静かだった。

空の中心には無数の星々を押しのけてオリオン座がやけにきれいに浮かんでいる。

住宅街の路地に入ると 数軒の家の窓ガラスからは
まばらにクリスマスツリーに飾られた電飾の淡い灯りがこぼれていた。

普段は薄暗い路地を 優しく染める小さなイルミネーション。
それは幸せを感じさせるどこか懐かしい光のように思えた。
電飾が点滅するたびにマレンの白い帽子が赤や青色へと変わっていく。

ボクはせめて今日だけはマレンと一緒にいたいと思った。
ボクはその気持ちをずっとクリスマスのせいにしていた。

だけど。
別に抱きしめなくてもいいから
彼女を今日だけは近くに感じていたかったんだ。


北風
1stアルバム『君が笑うとき君の胸が痛まないように』 1990年




「ただ一緒にいてくれればいいから。」

やがて彼女の家の前までたどり着く。
しかしその言葉を伝える勇気などは結局 最後までボクには無かった。

マレンは向き合ったままの姿勢で ずっとボクの両手を握り締めている。
少しでも長くふたりで過ごし続けるためだったのだろう。
僅かな言葉の空白を埋めようと ふいに何かを思い出しては
互いにどうでも良いような些細な出来事を さっきからボクらは話し続けていた。

「あと10分」

何度もそうやって わずか数秒に思えるほど加速し続ける時の流れを見送り続けた。
何度目かの先延ばしされた最後の「あと10分」を迎えると
時刻は深夜零時に近づいていることに気付く。
本当は何となくすでにそんな時間なんだろうとは気付いていたんだ。
でも現実の時間を知らされるのが嫌で どうしても時計を見たくなかった。

今度はマレンがボクを送っていくと言う。
本当はすごく嬉しかったけど「もう遅いからいいよ」と断った。

「また電話するね」

最後にそう言って彼女と別れ ボクはひとりで住宅街の路地を戻った。

見上げればオリオン座は相変わらずボクの頭上に浮かびながら輝き続けている。
それは薄暗いこの街を照らし出す巨大なイルミネーションのようだった。
ボクは真冬の夜空を雄大に支配するその星座の中にベテルギウスを探していた。

この街からこんなにも鮮明に星空って見えたんだっけな。

後ろのほうから彼女の微かに足音が聞こえてくるように思えた。


シグナルレッドに輝くその星を大空の中に見つける。
そしてボクはゆっくりと後ろを振り返った。

艶やかなふたつの深いセピアカラーの水面に反射した
きらびやかな星空の輝きを再びそこにボクは見た。
その星空の輝くほうへと まるで透明な糸で引き寄せられるようにして
ボクの心は自然に吸い込まれていった。


彼女の大きな瞳のなかに映し出された星空が
やがて長いまつげの奥に隠されたとき
ファースト・キッスよりも遥かに長く時を止める
セカンド・キスをマレンはボクにくれた。

彼女の冷たく柔らかな唇は
何となく微笑んでいるかのようだった。

きっとこれならば「キスをしたことがある」
と 堂々とみんなに言えるんだろうな。


足音
8thアルバム『Such a Lovely Place』 1997年




彼女はバッグの中から赤い紙袋を取り出し それをボクに手渡した。


「そういえば私も言ってなかったと思うけど」

「メリークリスマス!」


家の前でプーさんを抱きしめながら彼女はずっと手を振っていた。
本当はもう一度だけマレンのほうへ戻りたかった。
でも もし次に戻ってしまったら
この夜のどこかへと彼女を連れて行ってしまうかもしれない。

今のボクには どこにも行くあてなどなかったけど
マレンもきっと微笑みながらついて来てくれたに違いないとは思う。

彼女の姿はやがて路地の角にある樹木の枝影へと消えていった。
もう一度振り返りたかったけどボクは我慢した。

もし彼女がその場所からすでにいなくなっていても
まだそこにひとりで佇んでたとしても
きっとどちらも同じくらい哀しくなると思ったからだ。


Red Nose Reindeer
ベスト盤『SMILING II』




ボクはマレンから貰った紙袋の中身を覗き込んだ。
手編みだろうか。水色の手袋に猫みたいな絵とボクのイニシャルらしい刺繍がしてある。
それを取り出して両手にはめてみる。
すると右側の手袋の中で 小さく折りたたまれた何かが指先に触れた。

駅前の外灯の下で その動物の絵のような丸文字で書かれたメッセージを読んだ。


「Merry Christmas! 来年のクリスマスも絶対一緒にいようね!
あと 早くあたしの曲を作ってね! I LOVE YOU」



ボクはオリオン座に向かってゆっくりと白い息を吐き出してみた。
やはりクリスマスだけは唯一特別な日なんだろうな。

こんなボクでさえ こんなにもどうしようもないくらい
誰かを抱きしめたくなるほどに 切ない気持ちになるのだから。


君は僕の宝物
3rdアルバム『君は僕の宝物』 1992年




今さらあの頃のキミにもう一度会いたいとは思わない。
でも もしあのクリスマスの夜にもう一度戻ったならば
きっとボクはキミの手を引っ張りながら連れ出すかもしれない。
どこにも行くあてなどなかったあの日の夜の街へと。



マッキーの楽曲は むかしから相当に著作権が厳しいハズなのに
Yにありましたんで何となく数曲セレクトしてみした。
まぁ大半の曲は削除されてしまうと思いますが
どうにか今年のクリスマスまでは残されていることを願っております☆


皆様にとって一生思い出に残る素敵なクリスマスが訪れますように!


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君はまだ覚えているだろうか

特にドラマティックな出来事などひとつも無かった
あの時代のボクと君自身のことを。

遠い記憶の中に 風の香りと共に封印されたキミとの日々が
やけに鮮明な映像として 心に浮かび上がることが今もたまにあるんだ。
特にあの頃と同じ香りが 季節の移ろいを告げる風の中に感じられたときには
ボクのすぐ目の前にキミが現れ あの頃の姿のままで微笑んでいる。




MONDAY BLUE
3rdアルバム『GO AHEAD!』 1978年





1982年12月

土曜日がクリスマスと重なったせいだろうか。


週末の東海道線の車内は多くの家族連れで賑わっている。
ほとんど普段の生活では この電車に乗る機会もないので
いつもより どれだけ混んでいるのかまでは分からない。

川澄マレンと二人で東京まで出掛けるのは今年の夏以来だ。

横浜駅で一瞬少し空いたけど さらに倍以上の乗客たちが無理やり一斉に乗り込んでくる。
ボクらは人の波には逆らえず 流れるように逆側の扉付近へと押し仕込まれていった。

ボクにとって小学校時代まで。
いや厳密に言えば中一だった去年まで。
クリスマスは家族と共に迎える恒例行事だった。

確かに。
小学校時代までは誕生日以外に好きなものを買ってもらえる特別な日であり
家族で祝うこともそれなりに楽しかったけど さすがに今となっては
茶色い髪のままで両親や妹と一緒にソレを祝う気にはなれない。
そういえば。。。サンタクロースの存在って何歳まで信じてたんだっけな?


「クリスマスはどうするの?」

学校の帰り道 セーブルカラーの大きな瞳をわざと半分閉じながら
マレンは嬉しそうに横顔をボクに擦り付けるようにして尋ねてきた。

「どうするったって。どうする?」

クリスマスに何をするのかなんてボクには判らないし
今まで特に考えたことも無かった。他の連中はどうするんだろうな。

「あたし また原宿に行きたいなぁ」

マレンはボクではなく すっかり冬らしく棲んだ空のほうに向かってそう言った。
彼女の吐く白い息は 冬晴れの空へと吸い上げられ そして緩やかに広がっていった。
ボクもそれを真似しながら 息をゆっくりと空に向かって吐き出してみた。

ボクらにとって初めてのクリスマス。
それはボクにとって 家族以外の誰かと過ごす初めてのクリスマスなんだ。
その相手がマレンだったということは 何も特別なことではない。


FUTARI
6thアルバム『FOR YOU』 1982年




彼女と今年の夏に原宿に行ったときは
どこに何があるのかなんて分からなかったから
その時間の多くをさ迷うことに消費していた。

だからほとんど何も買い物など出来なかったのだが
最近、「クリームソーダ」の豹柄シャツと「チョッパー」のコーム、
それとジョニー・ロットンが着てるようなガーゼTシャツがすごく欲しくなっていた。

無論、その誘いを断る理由など無かったので 冬休みの初日である今日
こうしてボクらは原宿に向かう満員電車の中にいる。

電車内は少し効き過ぎた暖房と人々の体温によってすごく蒸し暑く、
窓ガラスが結露しているせいで外の風景はさきからずっと見えないままだ。
それが余計、ボクらに不快な圧迫感を与え続けている。


ボクは扉のガラス窓を手でこすり 水滴の向う側にぼやけた車窓を蘇らした。
マレンはちょっと微笑みながら爪の先で小さく猫っぽい絵を曇りガラスに描いていた。

「それって豚?」

マレンは頬を膨らませながらボクの左腕をつねったが
厚手のジャケットのおかげで痛みは感じなかった。


Touch Me Lightly
4thアルバム『MOONGLOW』 1979年




白い毛糸の帽子からはみ出したマレンの前髪は汗で少し湿っているようだ。
頬もさっきからピンク色に紅潮している。

「帽子脱げば?」

「髪型 変になるからヤダ!」

それにしてもどうしてここまで暖房を効かす必要があるんだろうか。


品川駅に着くと ようやくそのサウナ状態から脱出することができた。
ホームに降りるなり ボクたちは一緒のタイミングで深いため息を同時に吐き出した。
ヒンヤリと冷たい12月の風がものすごく心地よかった。

品川は幼い頃から最も「東京」らしさを感じさせる場所だ。
ブルートレインが好きだったボクは 品川操車場に止まっている
ブルーの車両を見るたびに心躍らせたものである。

山手線に乗り換え やがてボクらは原宿駅に到着した。
駅を降りると すでに竹下通りは道というより ひとつの巨大な「人の塊」と化していた。

そこへ突入しようとするマレンを引き止めて表参道のほうへと誘った。

「まずはキデイランドに行こうよ」

ボクはちょっとムっとしてる彼女をなだめた。
最近ちょっと彼女は怒りっぽくなってきたんじゃないかな。
とてもじゃないが今、こんな人混みの中へダイブするような気分じゃない。

わざと体重を掛けて重たくなった彼女を無理やり引っ張りながらボクらは歩き出す。


Love Space
2thアルバム『SPACY』 1977年




東京のおもちゃ屋といえば ボクにとっては銀座「博品館」の思い出のほうが多い。
子供の頃 何度か両親にクリスマスなどのプレゼントを買って貰ってたな。

キデイランドに入ると彼女の機嫌もすっかり直っていた。
目を輝かせながらいろんなキャラクターグッズを手に取ってはボクに見せた。


夏に彼女と夕暮れの羽田空港へ行ったとき。

ボクは確かに感じたのだ。「彼女と暮らしてもいいかな」と。
しかし その感情はあの一瞬だけで消え去り、
その後のボクらが学校などで将来の話をすることなどは一度も無かった。

「恋愛」という気持ちについては未だに相変わらず良く判っていない。
無論「付き合っている」という状態に関しても ボクには曖昧なままである。
それでも彼女と過ごす時間は ボクにとって決して無意味な時間ではないんだろう。


ひととき
7thアルバム『MELODIES』 1983年




キデイランドを出てすぐの歩道橋を渡り、交番脇の路地へ入っていくと
「クリームソーダ」がある。なんでこんな繁華街から外れた場所にあるのか分からない。
多くの若いヤツらが出入りしてるので 渋く薄汚れたその店はすぐに見つけられた。

このところロックンローラー・ファッションに対する憧れがすごく強くなっている。
でも音楽的にはストレイ・キャッツよりもパンク系を聴くことのほうが多い。
マレンは「クリームソーダ」のことはあまり良く知らないようだったが、
オリジナルキャラクターの「ティミー」はすごく気に入ったみたいだ。

ボクはブルーの豹柄シャツとお馴染みのドクロTシャツを買った。
ホントはベルトとか もっと欲しいものもいくつかあったんだけど我慢する。
今日はどうしても買わなきゃならないものが他にあったからだ。

彼女は「ティミー」がプリントされた小さなバッグみたいなのを買っていた。
店を出るとすぐ袋から取り出してボクに見せた。

「ほらカワイイでしょ!」

サングラスを掛けた猫のキャラクターに彼女はすっかりハマってるようだ。
そういえば聞いた事なかったけど マレンって猫好きなのかな?
言われてみれば確かに彼女はスヌーピーよりも猫顔っぽくてキティって感じがする。


PAPER DOLL
3rdアルバム『GO AHEAD!』 1978年




その後「ラフォーレ原宿」を覗きつつ竹下通りのほうへと向かう。
明治通り側から入ろうとするが、やはり相変わらずの人だかりだった。

「そういえばチョッパーに行くの忘れてた」と思ったのだが、
確かあの店って女の子が入店できなかったような気がしたので今回は諦めた。
別にコームなんて他のとこにも売ってるだろう。と自分に言い聞かせた

ボクらはゆっくりとエレベーターを上るようにして竹下通りを進んだ。
すれ違う何人かの人たちが何故だかマレンのほうを見ているように思えた。
ボクにとっては小学校時代からすっかり見慣れている彼女だが
こうして大勢の人の中に混ざってみると確かに少し目立っている気がする。

よくよく思えばものすごく目鼻立ちが大きくてどこか日本人離れしているし
それと口元のホクロがやはりチャーミングなのかもな。
まぁそれに気付いていなかったことのほうが問題なんだろうけど。

でもきっとそんなことは今さら彼女には言えない。
たぶん今まで面と向かって彼女に「好き」と言ったこともないかもな。
一度くらい無理やり言わされたような気もするけど。
そんなことは・・・やっぱ言えない。


MY SUGAR BABE
5thアルバム『RIDE ON TIME』 1980年




何軒かのショップに入ってみたが ガーゼTシャツはどこにも置いてなかった。
通りの真ん中付近に竹の子族ファッションを売っている「ブティック竹の子」がある。
ボクらはその店に入り、あの不可思議な衣装を笑いながら眺めていた。

ボクにとって「原宿」というイメージを最も強く印象つけたのは沖田浩之、
それからビートたけし主演の『刑事ヨロシク』に出演してたミッキー岡野だろう。
今ボクが最も憧れている髪型がミッキー岡野のリーゼントヘアなのである。

「ブティック竹の子」近くの小さなクレープ屋の列にマレンが並んでいる。
ボクは列には並ばずに竹下通りをひっきりなしに流れゆく人の波を眺めていた。
時折 彼女はボクのほうを見ては舌を出したりしている。

東京で見る私服姿の彼女は やはり普段、学校で会っている彼女とは何かが違う。
もしかしたらそれは 東京という街の持つ華やかさのせいなのかもしれない。

やがて彼女は嬉しそうにクレープの包みを手にして駆け寄ってきた。
ボクも微笑みながら彼女のほうへと向かいゆっくりと歩き出した。
今、一瞬 急に彼女を抱きしめたくなった感覚って一体なんだったんだろうか。


あしおと
7thアルバム『MELODIES』 1983年




夕方。明治神宮へ行ってみる。
初めてここに来たのだが、広い参道は竹下通りの喧騒とは別世界のように静かだ。
すっかり葉を散らした大木の枝の隙間から東京の夕空が透けて見えた。
北向きに変わった風が参道を何度か吹き抜けると 二人して急に肌寒さを思い出した。

彼女が何かを話すたびに 吐き出す息が白く周りの空気を染めた。
その白く浮かんだ彼女の言葉が 風向きのせいでさっきからずっとボクの顔に吹きかかっている。
彼女が食べていたクレープの チョコレートの甘い香りがうっすらとそこには感じられた。

ボクの分は買わなかったけど さっき彼女に一口だけクレープを貰った。
彼女の唇に触れていた生クリームの微かな温さがボクの唇の先に残った。


いつか
5thアルバム『RIDE ON TIME』 1980年




「付いてるよ」

ボクの唇に残った生クリームを指差す彼女は何も感じていなかったようだが
そういえばこれは確かに「間接キッス」だ。
「キスをしたことがある!」という友人はボクの周りにもまだほんの数名しかいない。
それすら本当かどうか疑わしいものだ。

ましてマレンに「キスしてもいい?」なんてことは絶対に聞けない。
そもそも どうすればキスって出来るものなんだろうか?

大きな賽銭箱に5円玉を投げ込んで二人で願い事をした。

「パルは」

彼女は相変わらずボクをそう呼んだ。

「パルは何をお願いしたの?」

「マックのハンバーガーを一杯食べられますように」

ボクは そうはぐらかした。


MORNING GLORY
5thアルバム『RIDE ON TIME』 1980年




「わたしのお願いを聞きたい?」

「そうねぇ。どちらかといえば。。。どっちでもいい」

当然のことだけど 彼女は大きな瞳でボクを睨み付けて言った。

「来年もパルと一緒にいられますように!パルは?」

彼女は早口で勝手に答えて そして再びボクにそう問いかけた。
さすがに もうはぐらかすような返答はマズいと思った。

「オレも。川澄と一緒にいられますように!」

「ウソつき!ホントは?」

彼女はさらに真剣な表情で問いかけてきた。


瞬間 風が止んだ。何も音を感じなかった。
ボクら二人を包み込む 周りの時間そのものが全て止まっているようだった。

彼女の北風に冷えた唇に ほんの一瞬 軽く触れるだけのキスをした。
マレンの表情には とまどいと驚きと そして微かな微笑みが交じり合っていた。

「そういえばまだ言ってなかった気がするんだけど」

ボクは照れを隠すための言葉を続けた。


「メリークリスマス!」


LADY BLUE
8thアルバム『POCKET MUSIC』 1986年




彼女は暫く何も答えなかったが ちょっと時間を空けてから言った。


「そういえば まだパルからクリスマスのプレゼント貰ってない!」

「分かったよ。3000円くらいのでいい?」

「大丈夫!さっき決めてきたから」

「それって3000円で買えるヤツか?」

「多分。。。足りないんじゃないの」

「まぁ別に電車賃が残ればいいや。最悪、川澄に借りるから」

ボクは続けた

「オレのプレゼントは?」

「それもさっき決めといた!」


マレンは自慢げにアハハと笑った。

ボクらは再び明治神宮の長い参道を あの人混みのほうへと戻っていく。
彼女の右腕は自然とボクの左ひじあたりに絡まっていた。
暫くすると厚手のジャケット越しに彼女の温度が少しだけ伝わってきたように思えた。


クリスマスの街を包む この北風の冷たさによって
多くの恋人たちも きっと互いの暖かさを知ることになるのだろう。


蒼氓
8thアルバム『POCKET MUSIC』 1986年





君はまだ覚えているだろうか

記憶の中で点滅を繰り返す
クリスマスイルミネーションのようなほんの小さな
そして優しいいくつかの出来事のことを




僕の中の少年
8thアルバム『POCKET MUSIC』 1986年




後編へと続く





こないだベスト盤『OPUS 〜ALL TIME BEST 1975-2012〜』の中に収録されてる曲を
メインに「【素敵なクリスマスのために☆】 山下達郎の名曲10選」をチョイスしましたが
今回は70~80年代にリリ-スされた達郎氏の作品を中心に隠れ名曲をセレクトしました☆

この当時の彼のサウンドはYMOの面々など日本屈指の音職人が集結したことで
プロフェッショナルなサウンドアレンジが施され、その卓越したポップセンスは
多くのプロミュージシャンから賞賛されておりました。

ボクの好きな達郎ソングも数多く含まれております♪
今回選曲したほとんどの曲は そうした職人たちのセッションによって生み出された音。

やはりデジタルなアレンジに依存しないこの頃くらいの感じが良かったなぁ。
と思うのが本音っちゃあホンネでしょうかね。

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金木犀の香りは不思議だ。
晩秋の僅かな時間だけしか その存在を感じていないハズだけど、
夏までに嗅覚で記憶されたあらゆる匂いを 金木犀の淡く甘い香りは
一瞬のうちにリセットし全て消し去ってゆく。

毎年、金木犀の香りだけがボクらの記憶のアルバムと同化し
繰り返し繰り返し心の中に積み重なりながら染み付き そして残されてゆく。
だから この香りが遠慮しがちに街を包み込む季節が来るたびに
かつての記憶が無意識のうちに 淡い懐かしさとともに呼び起こされるのだろう。



秋の気配




1981年10月

何度目かの席替えで春山サエがボクの目の前の席に決まったとき、
ボクは中学になって初めての「ときめき」を感じていた。

中学1年で同じクラスになった八重歯が印象的な彼女の瞳は、
眼鏡を外すといつも泣き止んだ直後の子供のように潤んでいる。

校門を出て家のほうへ向かうと、敷地のフェンス越しに軟式テニス部の練習風景が見える。
ボクは今日も足早に歩き続けながら、横目で何度か彼女の姿を確かめていた。
ショートカットのサエは、他の先輩部員よりも背が高かったのですぐ見つけられた。

すっかり日没が早くなってきている秋の放課後。
夏には焼けた細い素足を隠さなかった彼女も 今では濃紺色のジャージ姿で
細長く延びた影を引き連れ コート上を懸命に駆け回り続けている。


ボクがオフコースの「さよなら」を初めて聴いたのは小学校5年のときだったろうか。
多分、どこかのスキー場のレストハウスで流れていたように思う。
中学生になってから彼らのベスト盤のカセットを2本買った。
ボクは毎日気に入った曲だけをカセットを取り替えながら繰り返し聴いていた。


さよなら


「わたし、オフコースが好きなんだよね」

ある日、春山サエはボクに対して突然そう話しかけてきた。
当然、最小限の挨拶くらいはあったけれど
それがボクにとって彼女とマトモに話した最初の話題となった。

「オレもカセットをたまに聴いてるけど」

「え!どの曲が好きなの?」

サエはボクに笑いながら尋ねてきた。

「Yes-No。。。かな」

ボクはこの曲が1番好きという訳ではなかったが、たまたまそう答えた。

「あの曲っていいよね!」

結果的に会話は良い方向へと繋がっていった。

授業中は彼女の後ろ姿しか見たことのないボクのほうへ
サエは急に嬉しそうに振り返りながら 思いっきり体ごとイスの向きを変えた。
彼女は眼鏡をしたまま相変わらず潤んだ瞳で微笑みながらボクを見つめた。
おそらくこんな間近で彼女の顔をちゃんと見たことは今までなかったろう。

格子状のフェンスの外側から遠目に彼女を追っていたボクにとって
そんなことは無論出来るはずも無かったことだ。

ボクは思わず目をそらして教室の窓のほうを眺めた。
もう冬も近いせいだろうか。弱い西日に照らし出された窓の外の世界は
いつも以上に静かに そしてゆっくりと時間が流れているように思えた。





彼女には言わなかったのだが、
ボクがホントに好きだった曲は「ワインの匂い」なんだけどね。
多分彼女はこの曲を知らないかもしれないから。。。

ボク以外の人からすれば何でもない時間かもしれない。
でもボクにとっては とても大切なオレンジ色に染まった夕暮れのひととき。

もうすぐこの街の深かった新緑の木々たちも枯葉色へと変わってゆくだろう。

今ではすっかり色白になった彼女の頬が
ピンク色に染まる季節が間もなく訪れるのだ。


ワインの匂い



ボクがオフコースのアルバムで最後に聴いたのは
1981年にリリースされた9thアルバム『over』でしたかね。

彼らの代表的ナンバーってほとんどが1977年から1980年までに作られたものです。
曲がメロウ過ぎるという批判も無論判ります。が・・・
少なくともこの時代、ここまで丁寧にメロディを作り込んでいたバンドって
彼らしかいないように個人的には感じますね☆



◆Other Song Selection of Off-course◆

時に愛は

哀しいくらい

思いのままに

愛の唄

YES-YES-YES

生まれ来る子供たちのために

番外編ですが・・・
鈴木康博氏ライティングの「恋を抱きしめよう」が
たまにものすご~く聴きたくなるんですが、ほとんどのベスト盤には未収なんですね。
※主要動画サイトでも見つかりません。。。
ですんで非常にイレギュラーですが・・・掟破りのヴォーカロイドVer.で☆
う~む。。。やっぱ何かが違う気ようながする;;;

恋を抱きしめよう



ベスト盤『i(ai)~ Best Of Off Course』 2006年

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【ALOHA STAR MUSIC DIARY No.8】 SOMEDAY - 佐野元春

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昼間の残香を僅かに湛えて中空へと解き放たれてゆく湿った熱気を
柔らかく冷ますようして夜空を彷徨う夏風は、涼やかな心地よさと共に
気紛れに過ぎ去りし夏の日の出来事を、特に時間軸の規則性もなく
ランダムなヴィジュアルとしてボクの心に蘇らせる。

この風はもしかしたら記憶のなかを自在に行き交うことのできる
タイムマシーンの一種なのかもしれない。

たとえ今、現実世界のボクがどこで何をしていようとも
ボクの心の内面に直接投影されてくるピュアカラーな真夏の風景は
鮮明なまでにあの頃のままなのである。



1982年8月


もうこれで13回目の夏を迎えた。

人の気配が消えた音のない真夏の午後。
厳密にはあらゆる音はかげろうのように揺らぎながら存在しているが
降り注ぐ太陽熱に溶かされ、すっかり風景の中に溶け込んでいる。
この街は相変わらずそんなぼんやりと青く滲んだ光のなかにある。

海から届く潮の香やビーチに残されたサンオイルの甘み、
木々の吐き出す真新しい酸素や生き物たちが振り撒く残り香、
それらが複雑に交じり合いながら一斉に大気中へと放出されるせいだろうか。

この季節の風のなかにだけは唯一「夏色」と呼ばれる
そんな色味や独特の香りを感じ取ることが出来る。


朝からずっとボクの周りの空気を小刻みに振動させ続ける蝉の声。
一体どれだけのデシベルで鳴いてるんだろう。

開け放たれた南側と東側の窓から時折紛れ込んくる夏の風が
まるで呼吸をしているかのように部屋中のカーテンを
ゆっくりと大きく膨らまし続けている。

ボクは夏休みに入ってからは特別な用事などほとんど無かった。
少しヴォリュームを上げて一日中レコードを聴いているか、
隣の兄貴のとこでエレキギターを弾いているくらいだ。
まぁたまに親父の歴史小説を飽きるまで読むこともある。
だからあまり外出などしていない。


昨夜、ある女の子から電話があった。


小学校5、6年生時代の同級生だった佐藤マキコとは
中学2年になってから再び一緒のクラスになっていた。

ほんのりと赤茶色な瞳に金色を帯びた髪の色がすごく印象的な
色白肌の彼女は昔からどことなく外国人のような雰囲気をしていた。


「カミウは明日何か予定あるの」

「明日?・・・別に特にはないけど。なんで」


彼女とは教室でも普通に世間話をしたりするが、
こんな質問を突然電話でされるのはあまりにも意外だった。


「もし暇なら明日遊びに行かない?」

マキコは少しも動じずにそう言った。

「え。誰と?佐藤とふたりでか?」

ボクは少しだけ動揺しながら尋ねた。


当時は全く気付かなかったけど今にしてみれば何となく分かる気がする。
小学校の文化活動でなぜか彼女はいつもボクと同じ種目を選んでいた。
厳密にいえば彼女と彼女の友達のふたりであるが。

またフォークダンスの練習のときも彼女の手を握ったときにだけ
幼いながらも他の女の子とは違うような違和感を覚えた。

もしかしたら彼女は小さな恋心をボクに抱いていたんじゃないかな。
と思うようになったのは最近のことである。

でも中2で一緒のクラスになってからは、
そういうかつての感覚で彼女がボクに接している気は特にしなかった。


彼女からの返答がなかったんでボクが再び口を開くしかなかった。


「どこに行くの?オレとふたりで?」

「ふたりだと無理っぽい?」


彼女は少し寂しげにそういった気がした。


当然ながら彼女はボクと川澄マレンとの関係は知っているだろう。
でも変な言い方をすればボクは別にマレン以外の女の子と
絶対に遊んではいけないとも考えてはいない。

ただ、あまりにも唐突な電話だったので
ボクはどう答えていいのか分からなかったし
さすがに、もしふたりだけでどこかへ遊びに行ったとすれば
マレンも絶対に怒るんだろうなとは思った。
でもマキコがボクとどこへ行きたいと思っているのかが
ものすごく気になっていたのは確かだった。


「川澄さんに怒られるかな?」

「たぶん。怒るかもしれないけど」

「やっぱりそうだよね。」


マキコは本心で諦めたのかどうか分からなかったが、
そう言われると、ボクは「どこへ行きたいのか」を
それ以上彼女に聞くことが出来なくなった。


「また電話してもいい?」

彼女は最後にそういって電話を切った。


ヨットのセイルのように風を受けてカーテンが舞い上がるたびに
眩い真夏の陽射しが部屋の中に一斉に引き込まれてきては
天井に光と陰の満ち引きをぼんやりと映し出してゆく。

ベッドの上でそれを眺めながらボクはさっきから
昨夜の電話のことがずっと気になっている。

気付くとカセットデッキからは「サムデイ」のイントロが流れていた。
歌が始まるとボクはそれを一緒に口ずさんだ。

小さな蝉が発する大音量のノイズのことなど
もはやまったく気にならなくなっていた。


SOMEDAY - 佐野元春



Side A
 1 シュガータイム    
 2 ハッピー・マン    
 3 ダウンタウン・ボーイ    
 4 二人のバースデイ    
 5 麗しのドンナ・アンナ    
 6 サムデイ    
Side B
 1 アイム・イン・ブルー    
 2 真夜中に清めて    
 3 ヴァニティー・ファクトリー    
 4 Rock & Roll Night    
 5 サンチャイルドは僕の友達    

リリース 1982年5月21日|レーベル Epic Sony

佐野元春氏が1982年にリリースの3rdアルバム『SOMEDAY』を含むデビューアルバム『BACK TO THE STREET』からの3枚のアルバムが日本の音楽シーンに与えた影響は実に大きいといえます。それまではジャパニーズフォークからの変形ロックか、モロにアメリカンロックのコピー的なバンドしかなかった日本のロックシーンにおいて、佐野元春氏は彼独自のどことなくオールドアメリカンなフレーバーが残る架空世界をモチーフにポップとロックを融合させた唯一無二の新世代のサウンドを完成させました。このアルバム最大の聴きどころは何と言ったってB.4の超大作「Rock & Roll Night」でしょうね♪こりゃ他のアーティストには絶対に作れないでしょう☆

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[ 2012/08/13 02:29 ] コラム | TB(0) | CM(0)

【ALOHA STAR MUSIC DIARY No.7】 Reflections - 寺尾聰

【ALOHA STAR MUSIC DIARY No.7】 Reflections - 寺尾聰




1983年2月


“昨日見た夢のなかにいる キミはやさしくて
いつもそばにいる約束を ボクにしてくれた“


さっきから大学ノートに書いたばかりの歌詞を
ボクは何度も書き直している。

こないだボクは14歳になった。
マレンからは誕生日プレゼントに手作りの枕を貰った。
たぶんボクなのであろうキャラがパッチワークで縫い込まれた細長い水色の枕。
ボクはそれを何となく気に入ってずっと使っている。

ボクの誕生日にマレンと無理やりさせられた約束。
それは中3になるまでにマレンのためにボクが歌を作るという約束。
ロック調のメロディでも何曲か歌詞を書いていたのだが、
やはり今回だけはバラードっぽいのにしようかなとも思う。

でも彼女に対する思いを過剰に描きすぎてもウソっぽくてダサイし。
だから何度も歌詞を書いては消すという作業をさっきからずっと繰り返している。


これはリアルに存在する彼女に対するものなのか
もしくはボクの心の中でイメージする彼女に対してのものなのか


去年の夏、羽田空港で抱いた彼女への一瞬の感情や
クリスマスのときの想いって何だったんだろう。
あのときはホントにふたりだけで暮らしてもいいと思ったんだけどな。
最近は同じ高校に行くかどうかをたまに話したりするだけの、
たぶん普通の中学生同士の感情に戻ったような気がする。


もし去年の夏やクリスマスのときの感情のままを曲にするんだったならば
ものすごく恥ずかしいのは我慢してどんな歌詞だろうと
きっと彼女に歌うことができるのに。


時折、海のほうから吹いて来る冷たい冬風に顔をそむけ
伸びた前髪を押さえながらボクは中学へと向かう。

「湘南」と呼ばれるこのエリアは決して南国の気候という訳ではない。
ボクの中学へとまっすぐに続く道は海からの南風が強烈に吹き抜けてゆく
云わばこの街の「風の通り道」。

防風のための巨大な松の木が幾つかの大きな屋敷の庭先から
はみ出るようにして海のほうまで立ち並んでいる。


ボクのクラスには何人かの優れたギタリストがいる。
これだけギターが弾けるヤツが集まったクラスは他には無かったが
エレキギターを持っていたのは伊浦ナオトだけだ。
あとはみなフォークギターしか持っていない。

伊浦ナオトこと「イウ」にメジャーなロックギターのリフやフレーズを弾かせたら
そりゃあ本当に凄かった。でもボクらがオリジナル曲を作る場合に必ず突き当たる問題は、
ベースとドラムがいないということ。何もそれはウチのクラスだけじゃなくって
他のクラスにもベースとドラムを持ってるヤツなど誰もいなかった。

だから作った曲はどうしたってフォーク寄りなものになることが多い。
もしフォークであればイウよりもアルペジオなどの指技に長けた
渋川トモノリってヤツがいた。

たぶんコイツが一番ウマイんだと思うけどクラスではあまり好かれていない存在だ。

ボクもさほど彼を好きじゃなかったが、
ボクが書いた歌詞に曲を付けさせるには最も適していた。
イウは確かにテクニックを持ってるケド作曲が出来るってタイプじゃないから。

ただ、ボクやイウは洋楽にハマっているのだが、渋川はアリスの大ファンで基本的には
日本のフォークソングしか聴かないヤツだ。松山千春のベストアルバム『起承転結』も
寺尾聰の『Reflections』も、彼から貰ったカセットを
ボクは最近になって何となく聴くようになった。

それ以降、松山千春の「旅立ち」はボク自身アルペジオの練習でよく弾いている。
ボクも別に日本のフォークソングが嫌いという訳ではない。

寺尾聰のアルバムも初めてテレビで「ルビーの指環」を聴いた
中1のときに比べれば抵抗なく聴けるかもな。

こういう感じのアレンジならまだ良いのだが、
こないだボクが書いた歌詞に渋川が付けた曲は
まるっきしアリスそのものだった。

それに対して文句は言えなかったケド、
さすがにボクが求めるようなものではなかった。
だからやっぱりマレンに贈る曲だけは
渋川に頼らずに自分で作ろうとそのとき決めたのだ。

ボクの中でこの曲だけは決して「アリス」ではないのだから。

ボクの妹であるレナのために両親がかつて買い与えた高価なピアノは
今ではすっかり応接間の飾りと化している。
ボクは「ド」の音がどこにあるのかすら分からなかったケド、
今月に入って、学校から帰ってすぐに毎日ピアノの前に座っていることが多い。

ギター以上にピアノのほうがボクには向いていたのだろうか。

いまだに全く楽譜すら読めないが脇に置いたカセットから流れるビリージョエルを
ピアノで再現するのはさほど難しい作業ではなかった。

もちろん完璧にコピーして弾きこなせている訳でもないが、
ディミニッシュコードのような複雑な音も
鍵盤から探し出すことは出来るくらいになった。

つまりは音楽を形成するコードとベースラインの組み合わせが
何となく見つけられるようになったのである。


ピアノの旋律って「ちょっとダサいなぁ」と感じてる歌詞ですら
妙に説得力のあるものに変える力を持っているような気がする。
これはギターで作曲するのとでは大きく違う点だろう。

ギターで作曲する場合って自分でハナウタを歌いながらコードを付けていくもんだから、
その時点でやたらと恥ずかしくなってしまうことのほうが圧倒的に多い。
しかしピアノだと頭でイメージした歌詞にその場でメロディを付けやすいのだ。

ボクは2週間でマレンのための曲をどうにか完成させた。
あとは歌詞をどうするかだけが残っていた。


3月に入ると春休みまではあっという間だった。
ボクはその間、ずっとピアノで作った曲の伴奏だけを練習し続けていた。
歌詞はもうほとんど完成していた。

ただ、本心を歌にしたというよりも、どこか勢いで書いてしまった。
というような気もする。

「愛」なんて言葉を使うつもりなんてなかったケド
それに代わるような言葉はもはや探し出せなかった。
「好き」という言葉を使うほうが余計に恥ずかしいような気がしたのだ。


「良くわかんないケド、とりあえず作ったから」


春休みになったある日、ボクはマレンに1本のカセットテープを渡した。
ピアノの脇にカセットデッキを置いて、ボクがその場で歌ったのを録音したものだ。
もちろんマイクなんてないのだから音質なんか相当にヒドいまんまだった。

いざカセットデッキの録音ボタンを押すと普段は楽に弾けるのに、
緊張のせいか完璧な演奏は不可能だった。
ましてや演奏しながらホンキで歌うのがこんなに難しいものとは思わなかった。
何ヶ所かピアノをミスったケド、5回くらい録り直して一番マシなやつを選んだ。


「聴いてもいい?」


マレンは嬉しそうにカセットを取り出しウォークマンに挿入した。

ボクは彼女が再生ボタンを押してからの数秒間、
不安と恥ずかしさが入り混じった何とも言えない気持ちになっていた。


イントロが始まった頃に、彼女の顔からだんだんと笑みが消えていくのが分かった。


そしておそらく1番が終わった頃、彼女はまるで小さな花のつぼみが静かにほころぶように
そっと微笑みながらボクを大きな瞳で見つめた。

気恥ずかしさを隠すのに精一杯だったが
ボクも彼女に少しだけ微笑んでいた。



“たとえ世界のすべて 失ってしまったとしても
キミはボクにずっと 教えてくれるんだよね
キミを守り続けてくことが 本当のボクでいれる理由と

叶うならひとつだけ ボクに与えて欲しいよ
ふたりがこの場所に いられるために

ボクとキミがつくりだした 世界のものすべてみんな
守り続けていくための 強いちからを“



もうすぐボクらは中学3年になるんだな。
この街の風は、すでに冬の終わりを告げる草花たちの匂いに満ちて溢れていた。




Reflections - 寺尾聰



Side A
 1 HABANA EXPRESS    
 2 渚のカンパリ・ソーダ    
 3 喜望峰    
 4 二季物語    
 5 ルビーの指環    

Side B
 1 SHADOW CITY    
 2 予期せぬ出来事    
 3 ダイヤルM    
 4 北ウィング    
 5 出航SASURAI    

リリース 1981年4月5日|レーベル 東芝EMI

寺尾聰氏が1981年にリリースした『Reflections』は、まさに日本のアダルト・オリエンテッド・ロックの最高峰アルバムでしょう。代表曲「ルビーの指環」を含むすべての楽曲に都会の哀愁とダンディズムな余韻が貫かれた超名盤です。今聴いても全く色褪せることのいない寺尾氏のメロディもさることながら、アレンジを担当した井上鑑氏の音楽センスが際立っていると思います。特にB面の出来栄えはまさに圧巻ですね。

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【ALOHA STAR MUSIC DIARY No.6】 愛の世代の前に - 浜田省吾

【ALOHA STAR MUSIC DIARY No.6】 愛の世代の前に - 浜田省吾




幼い頃は車酔いがひどいもんだった。

海外出張から帰ってくる父を迎えに行くときなどは特に悲惨で、
雨に煙る首都高湾岸線を羽田空港へ向かう車中、
ボクはほとんど言葉を失い、助手席のウインドウを少しだけ開けて
深い深呼吸を繰り返していた。

それでも羽田空港は幼い頃からとても好きな場所だ。
国際空港が成田へ移った今でもそれは変わらない。



1982年8月


さっきから川澄マレンはずっと双眼鏡を覗いたまま
遮るもののない乾いた潮風にその長い髪を揺らし続ける。
金色に染まる世界のなかにマレンが溶けてゆくのをボクは見ていた。

ボクらが住む街よりも遥かに西の彼方へと夕陽が沈みかけた頃には、
羽田空港の展望デッキから見渡すこの広大な滑走路も
きっと光のガーデンに変わってるのだろう。


ボクは父の飛行機が到着するまでのあいだ、
いつも真っ先にこの展望デッキへと向かっていた。
涼しい海風に当たり、まだ落ち着かない気分の悪さを和わらげるために。
そして何より夕暮れの滑走路に広がる青、緑、そして赤い誘導ランプが織りなす
光たちのイルミネーションをそこから眺め続けるために。


その景色も昔とは少し変わったのかな。
何が変わってしまったのかまでは分からないが。
もしかしたらボクが変わってしまっただけなのかもしれない。
思えば中学生になってからここに来たのは今日が初めてかもな。
マレンは「生まれて初めて羽田空港に行く」のだと、
さっきモノレールの中で大はしゃぎしていた。

茜色に染まった髪の先がまるでそこだけマレンの意思とは無関係に
夜風と遊びながらミッドナイトブルーの空へと躍り続けている。
彼女はかつての幼い頃のボクと同じ憧れをその胸に抱いているだろうか。

「パルは飛行機に乗ったことあるの」

「小学校のときに何度かあったな」

「うそぉ。いいなぁ」

マレンはホンキでちょっと悔しそうな顔をした。


ボクの記憶を遡って思い出せる一番最初の映像としての記憶。
それは上空から富士山頂を眺めているときのものだろう。

ボクが3歳の頃、家族で長崎へ旅行した機中から見たものらしいが
それ以外には幼い頃の映像としての記憶というものはほとんどない。
その富士山だけは唯一今でもその色までもが鮮明にボクの心の中に焼きついている。


最近の彼女はさらに大人びた気がする。
やはり唇の左脇にある小さな「ほくろ」がそうさせているんだろうと思う。

彼女は「それ」をすごく嫌だと言うが、
クリスタルのように大きく艶やかなセーブルカラーの瞳よりも
「それ」があることでマレンはとても大人びた顔立ちを得ているんだろう。

普段、学校にいるときはあまり気付かないのだが、
夏休みに入るちょっと前、ボクより半年早く14歳になったばかりの彼女は
多くの人々が行き交う都会の雑踏のなかで一際輝いているように思える。
それは昼に竹下通りを歩いていても感じたことだ。


ボクはマレンとの会話をよくはぐらかす。

昔、彼女に「ボクのことをどう呼んで欲しい?」
と聞かれて「パルコ」なんて別に本気で言ったわけじゃなかったけど、
最近は二人でいるときだけボクのことを「パル」とか
「パルさん」と呼ぶようになった。
たまに「カミュ」とも呼んでいるような気もするが。


はぐらかす。のではなくて「からかう」と言うべきなのかな。
それは別にマレンに対してだけではない。

周りの友人に対しても、学校の教師に対してもそうだ。
リアリティのある内容に関して、その傾向は特に顕著で、
例えば教師に怒られているときにも同様な態度でからかう素振りを
見せ続けるものだからよく殴られたりする。

多分、相手がシリアスな顔になっている空間にいることが
なんとなく嫌なのだ。
だからシリアスな場面になるほどにボクはそれをはぐらかそうとしていた。


そういえば先月の終わり頃、別に何の理由もなかったのだが、
マレンに別れようと云った事が一度だけある。

「なんで」

そう聞きながらマレンの大きな瞳は、
閉じられる直前に一瞬だけ憂いで翳った気がした。
でも暫くして「分かった」と一言だけ言い残して去っていった。

翌日、大久保スミかにものすごく怒られた。
マレンから昨夜電話があったらしいのだが
ほとんど何も言葉を発することなく、ただずっと泣いていた。
とスミカは言った。

ボクには「付き合う」ってことの意味がいまだにどういうことか分かっていない。
そんなにも別れが悲しいほどに、ボクらは何かを共有していたのだろうか。
でも、ものすごく悪いことをしてしまったのだという思いに胸が絞めつけられた。


垂直尾翼に見たことのない航空会社のマークを見つけるたびに
幼いボクは思った。「あの飛行機はどこへ行くのだろう」かと。

光に彩られた滑走路上で離陸前のジャンボ旅客機は出力を上げる。
主翼下のエンジンのタービン音が最大音域に達するのと同時に
その巨体は一気に急加速しながら見知らぬ国への小さなボクの憧れを
その両翼に携えて次々と空の彼方へと消えていった。


マレンと同じスイミングスクールに通ってた小学校の頃、
そういえばウチの母から彼女のお父さんは
海外に勤務しているのだと聞かされていた気がした。
確かにプールへの送迎で彼女のお父さんの姿を見たことは一度もなかった。

ボクは何となく「川澄のお父さんってまだ海外にいるのか」と訊ねた。
ほんの一瞬だけ彼女の大きな瞳にあの時と同じ憂いの翳が漂ったように思えた。


東京湾を取り囲む臨海エリアの街灯りが彼女の後ろで寂しげに揺れている。
海はほとんどが漆黒色に染まっていたが、陸に近い僅かな水際にだけに
その街灯りをキラキラと泳がせていた。

「いないよ」

マレンは少しだけ時間を置いてそう答えた。
ボクはそれがどういう意味なのかを訊くことは出来なかったし
訊くべきではなかった。

「ほら、ここ」

そういって彼女は自分の左目尻あたりを指差した。

「むかしお父さんに投げられてぶつけたときの傷」

そう続けながらボクを見て彼女は少し微笑んだ。

ボクはゆっくりと顔を近づけてみる。
彼女を斜めから照らす街明かりが陰影陰影のなかでも
そこがほんの少しだけ窪んでいるのがはっきりと分かった。

彼女の瞳の中には、まだかすかな哀しみの色が滲んでいる。
果たしてボクは今どんな顔をしてるんだろう。

「あたしも飛行機に乗ってどこかに行きたいなぁ。
いつかキレイな無人島とかで暮らしてみたいんだ。
パルはどこに行きたい?」

彼女はいきなりボクに訊いた。

「え。ハワイかカリフォルニアに行きたい・・・かな」

「じゃぁあたしもそこに行きたい」

ボクはいつものようにその答えをチャカしたりはしなかった。

「・・・じゃあ。いつか一緒に行こうよ」

「ありがとう。絶対に行こうね」

マレンは口元に嬉しさを湛えながらボクを見つめ続けている。

「うん。絶対に連れて行くから」

それが本心だったのか、単に言葉だけのものだったかは自分でもよく分からない。
でも、彼女の瞳の中にさっきまでの憂いが消えているのを知ったとき、
マレンに対する愛しさのようなものを感じた気がした。

ボクらの年代で恋だとか愛だとかいう言葉を使うのは無理だ。
でも、何となく分かることはある。

恋とは現実の世界で誰かを想う気持ち。
愛とは、きっと二人きりで空想のような世界を
生きていけそうな気がする一瞬の感情。

もしボクが今ここで抱いているものが「愛」という感情だとするならば、
マレンとこのまま飛行機に飛び乗ってどこかに行こうと思えば
おそらく本当に行けたのかもしれない。
明日からのことなど今考える必要なんてないとするならば
きっと本当に行けたんだと思う。

ボクは明日からの長い人生よりも、
今ボクの目の前にいるマレンのほうが遥かに大事なように思えていた。


過去の思い出と未来の希望は今のボクらに何も与えてくれやしない
ボクの人生における唯一の現実は「今ここにいるということ」
きっとキミの人生においてもそれは同じことなんだと思う
今もしボクらがこの場所で同じ思いをひとつにできるのならば、
今すぐにでもこの空を飛び越えていけるはずだ。
たとえボクたちが今何歳であろうとも関係なく
ボクたちはどこにでも行くことが出来る。


気付けばいくつもの投光用の照明が放つすさまじいほどの光源によって
ボクらがいる展望デッキは昼間のように明るく照らし出されていた。

「もう帰ろうか」

飛行機を見送る人々が時折大きな歓声を上げる展望デッキを
ボクらはゆっくりと歩き出した。

「あたしの夢はね」

「早く結婚してベランダに乾した布団を叩くことなんだよ」

歩きながらマレンは語り始めた。

「無人島で暮らすのに?」

思わずそう言いそうになったが、
ボクはその言葉を飲み込んだ。

「男って20歳で結婚できるんだっけ」

「違うよ18だよ。あたしは・・・あと2年後」


そんな話をしながら
投光器の眩い光を背中に受けて歩き続けるボクらの影が
やがて前方に巨大なアルファベットの「M」の字を描いたのは、
きっと彼女がボクの左手を握ったからだ。

光の中に飲み込まれたボクらとはまるで違う生き物のように
その大きな影はいつまでも楽しそうにステップを踏み続けていた。


家へ帰る下りの東海道線は休日のせいか思いのほか空いていた。
ボクらは横座りシートに並んで座っている。
ヘッドフォンのLとRを少しだけ広げ、
ふたりの前髪が重なるくらいに寄り添い合いながら
そこから漏れてくる曲を静かに聴いていた。

多摩川を渡る少し手前で5曲目の「陽のあたる場所」が始まると
さっきからずっとつないだままのボクの手を、
ほんの少しだけマレンが強く握ったような気がした。
ボクは右手の小指を離してから
握られた彼女の小指の辺りを 数回そっと優しく叩いた。


愛の世代の前に - 浜田省吾



Side One
 1 愛の世代の前に    
 2 モダンガール    
 3 愛という名のもとに    
 4 独立記念日    
 5 陽のあたる場所    
 6 土曜の夜と日曜の朝    
 7 ラストショー    
 8 センチメンタルクリスマス    
 9 悲しみは雪のように    
10 防波堤の上    


リリース 1981年9月21日|レーベル CBSソニー

今もなおその音楽スタイルを変えることなく活動を続ける浜田省吾が1981年にリリースした7thアルバム『愛の世代の前に』は、彼のハードロッカーとしての新境地を確立しつつ得意のバラードも随所に散りばめた傑作アルバムです。彼が1980年にリリースした6thアルバム『Home Bound』、から当アルバムを挟んで1982年リリースの8thアルバム『PROMISED LAND 〜約束の地』までの3作品は、まさにジャパニーズロックの新たな時代の幕開けとなった名盤でしょう。また翌1983年にそれまでリリースした彼のバラード作品のベスト集として発表された『Sand Castle』も超お勧めです。
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[ 2012/07/26 01:24 ] コラム | TB(0) | CM(0)
Masterpiece of the Western music of the 70s/70年代洋楽の名曲
If you want to cry/泣きたいとき
If you want to be healed/癒されたいとき
Drinking alcohol/お酒を飲みつつ
While driving/ドライブしながら
If you want to Fever/血が騒ぐ
Masterpiece of the Western music of the 80s/80年代洋楽の名曲
80's Ballard masterpieces/80年代バラードの名曲
80's Rock masterpieces/80年代ロックの名曲
80's Pops & AOR masterpieces/80年代ポップスの名曲
70's Dance masterpieces/70年代ダンス系の名曲
Masterpiece of the Western music of less than 70s/70年代未満洋楽の名曲
Less than the 70's classic Ballad/70年代未満バラードの名曲
Less than the 70's classic Rock/70代未満ロックの名曲
Less than the 70's classic Pops & AOR/70代未満ポップスの名曲
Masterpiece of the Western music of more than 90s/90年代以上洋楽の名曲
Ballade more than of the 90s/90年代以上バラードの名曲
Rock more than of the 90s/90年代以上ロックの名曲
Pops & AOR more than of the 90s/90年代以上ポップスの名曲
90's Dance masterpieces/90年代ダンス系の名曲
Masterpiece of the Japanese music/未来に残したい日本の名曲
Dedicated to sweethearts/恋する二人に捧ぐ
Spend the night with sadness/悲しみと共に過ごす夜
Nostalgic feelings/ノスタルジックな想い
In the room which shines with the morning sun/朝日が差し込む部屋で
While looking at the setting sun in a hotel/夕陽が見えるホテルで
Memories of youth/若かりし日々の思い出
If you want to fuss/タテノリしたい気分なとき
If you want to feel the Rock/かなりRockな気分
Masterpieces of Instrumental/インストルメンタルな名曲
 
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