【Re-Edit】【80年代洋楽バラードの名曲】
You Can Have Me Anytime1983年9月13日(火)
先週金曜の昼休み、――
谷川たちが李メイに対して『アジアン』と呼んでいたことを思い出した途端、林(リン)ショウカは止め処なく彼らに対する憤りの言葉を並べ立てはじめた。メイは、さっきからなにも語らず、ただ口元にいつもの涼やかな微笑を湛(たた)え続けている。
(――そういえば、たしかショウカの親も台湾かどこかの人だったな)
ボクはウォークマンから流れてくるボズ・スキャッグスのシックでエレガントな「ユー・キャン・ハヴ・ミー・エニィタイム(You Can Have Me Anytime)」のメロディを右耳でずっと聴きながら、そんなメイのどこか物憂げな笑顔を見つめていた。中3になってから半年経つが、ボクはこれまでメイと話したことなんてほとんどない。
ときどき教室内でメイが笑っている姿を見かけることはあっても、彼女が浮かばすその口元の微笑みからは、喜びの色味なんてものはいっさい感じられなかった。きっとメイは、あらゆる感情を青いセロファンのフィルムで包み隠している。
彼女の表情にどこかアンニュイな冷たさが、いつだって漂っているように思えてしまうのは、心を覆うその青いセロファン皮膜によって、抱かれたすべての感情が色づけられているせいなんだろう。いや、――きっとメイは自分の存在そのものさえも、うっすらと透き通らせながら日常の風景のなかに同化させようとしている、――なんだかそんな気がするんだ。
しばらくすると、田代ミツオがトイレから戻ってきた。
やがて近くまでくると、彼の制服の第二と第三ボタンがなくなっており、さらによく見ればズボンや背中のあたりに白っぽい土汚れが付着していることに気づく。
「ちょっと、どうしたのよ?」
小さな顔を田代へ向けるとショウカは驚き、そう訊いた。
「別に、ちょっと、――」
そう小声でつぶやき田代はうつむく。
メイは目を細め、じっと田代のほうを見つめていたが、やがてささやくようにそっとピンク色の唇を開いた。
「誰かに、なにかされたの?」
田代はずっと自分のスニーカーの先を見つめていた。
メイが、ふたたび問いかける。
「なにかされたの?」
すると、田代は大きな顔で「コクッ」と小さく頷いた。――
さっき、大船駅で横須賀線に乗り換えるとき、ボクらの中学とは別の学校の生徒たちも、数多くその車両には混ざっていた。そのときは、「きっと同じように遠足だか課外授業で鎌倉にきているんだろうなぁ」と思ってたんだけれど、何人か、ヤンキー風の連中たちの姿もそのなかにあったような気
がする。もしかするとアイツらにでもやられたのだろうか?
「お前、殴られたのか?」
ボクが簿愛想なままにそう訊くと、
「いや、殴られてはいないけど、……お金を取られた。――明日、必ず返すからさぁ、帰りの交通費、貸してくれないか? シーナ」
「チラッ」と上目づかいにボクのほうへ視線を向けて、田代は小声でそういった。
「どこで取られたの? このお寺のなかで?」
と、いって、ショウカはうつむく田代の顔を覗き込む。
「さっき、トイレの前で、……だけど、きっと、もういないと思う」
つぶやく田代の言葉を聞くや、ショウカは田代の太い右腕をおもいきり平手で叩いた。
「だったら、早く取り返さなきゃ! まだ遠くまで行ってないでしょ?」
「……」
田代は、なにも答えなかった。
「あぁもう! なにしてんのよ? ほら早く行くよ!」
右手の袖口をショウカに引っ張られながら、田代はゆっくり歩き出す。
気のせいかもしれないけれど、なんだか田代は少しだけ嬉しそうな顔をしていたようにも思う。
まぁ理由はどうあれ憧れのマドンナに、こうしてはじめて手を引かれてるんだろうから、その気持ちもわからなくはない。
けれど、なぜショウカが、さっきまで陰口をたたいてたはずの田代のために、わざわざお金を取り返そうとしてるのか、ボクにはよくわからなかった。
小走りで先を行くそんな2人の背中をぼんやり眺めていたけれど、やがてボクはメイのほうを振り返って少しだけ笑う。
「仕方ねぇから、とりあえずオレらも行くかね?」
メイは、穏やかな微笑みをボクの瞳のなかへ返し、そして静かに頷く。
一斉に円覚寺の老木の枝先を覆った葉々が北風に揺らめき、まるでボクたちを扇ぐようにしながら頭上でざわめいている。その大樹が描き出す影のなかに振りまかれた清々しい早秋の
芳香(ほうこう)が、なんだかものすごく気持ちよかった。
「林(りん)さんの親父さんって、なにやってる人?」
ボクは、円覚寺の石段を降りながらメイに訊ねる。
「たしか、御祖父さんが台湾で海運会社をやってて、お父さんは、その会社の日本支社長だとかって聞いた気がするけど」
メイは、静かな口調でそう答えた。
「シャーッ」と、心の奥をくすぐるような心地よい響きを奏でながら、老樹たちの枝葉は石段の両側で、さっきから、絶えず北風に揺らぎ続けている。
「じゃぁ、やっぱお嬢様なんだね。林さんて」
そういってボクはメイに笑いかける。実際には見たことないけれど、ショウカの家は海の近くの高級住宅街にあり、三階建ての大豪邸らしい。それにポルシェやジャガーなどの高級外車も数台所有するという、まさに絵に描いたような理想の金持ち暮らしをしている、のだと以前、佐藤マキコから聞いた気がする。
「李さんのご両親は? なんの仕事してるの?」
ボクがそう問いかけると、メイは一瞬、黙り込み、しばらくしてから足元の石段を見つめてつぶやく。
「ワタシのお父さんは、――なにしてるのか、よくわからない」
彼女の表情がやけに寂しそうに思えたので、それ以上なにかを訊くべきではない気がした。
【ALOHA STAR MUSIC DIARY / Extra Edition】
【2012.06.03 記事原文】
ボズ・スキャッグス 1980年リリースの9thアルバム『Middle Man』 から!
超名曲「
We're All Alone」を彷彿とさせる壮大なスケール感の
80年代を代表する傑作バラード「You Can Have Me Anytime」♪
ここまでストーリー性のある楽曲って最近では全く聴きませんねぇ。。。☆
このアルバムも参加ミュージシャンのクレジットを見ると実にスゴいっす☆
TOTO関係の方々をはじめ、サンタナやデヴィッド・フォスター、
そしてレイ・パーカー・Jr.などなど・・・
う~ん!やっぱスゴい人なんだなぁ・・・ボズさんは。。。
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You Can Have Me Anytime - ボズ・スキャッグス 9thアルバム『Middle Man』 1980年 |
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